6月末に韓国・ソウルで取材する機会を得た。テーマは「IFRS(国際会計基準)対応」だ。3泊4日でソウルに滞在し、鉄鋼最大手のポスコや監査法人、コンサルティング会社、IT企業を訪問した。

 実はこの半年くらい、韓国に取材に行けないかと画策し、準備を進めていた。日本ではIFRSの強制適用(アダプション())は最も早い場合で2015年3月期からと言われている。韓国は日本に先立ち、2011年にアダプションが始まる。IFRS対応の観点では、韓国は「日本の4年後の姿」といえる。

 「アダプションが始まる前に、一体何が起こるのか」。これを関係者に直接、聞くのが韓国出張の目的だった。

注) 適用(adoption)は現在では「アドプション」と表記するケースが多い。ただ、adoptionの発音は「アダプション」であり、日経コンピュータではアダプションとしてきたことから、ここでもこの表記を使っている。

当事者に直接聞かないと真実が見えない

 記者は2008年からIFRS関連の取材を進めており、会計基準の改定からIT製品の動向、企業のIFRS対応など、様々な切り口でIFRS関連の話題を追いかけている。日経コンピュータやITproのIFRSサイトを中心に記事を多数執筆してきた。

 その中で、あるジレンマを抱えていた。実際にIFRSに対応した企業はどのような考えで臨んだのか。どんな苦労や工夫があったのか。これらを語れる当事者になかなか会えないでいたのだ。

 当たり前といえば当たり前である。2010年3月期に日本電波工業がIFRSベースで開示するまで、IFRSを自社の会計基準として採用した企業はなかった。取材先は日本になかったのである。

 では、日本に先行してIFRSを強制適用した欧州や韓国、カナダの企業はどうか。グローバル展開している監査法人やコンサルティング会社、IT企業に取材をすれば、これらの事例は一応取材できる。だが、あくまで“また聞き”に過ぎない。

 IFRS対応プロジェクトに中心となって参加した人物や、実際にIFRS対応を支援した経験がある公認会計士やコンサルタントに直接、話を聞く。こうした経験の持ち主でないと語れない生の情報を聞き出し、記事にする。これが記者として読者ニーズに応えることだと考えている。

 事件の真相を探るスクープと事例は大きく違うかもしれないが、「なかなか知ることが難しい情報を突き止めて、記事にする」という点で、記者として採るべき態度は共通している。すでにIFRSに関しては様々な情報であふれている。にもかかわらず、本当にIFRSのアダプションに対応した企業の記事は数少ない。ここを何とかしたいという思いをずっと抱いていた。

「経営の高度化」は単なるお題目ではない

 この思いは、今年2月の取材をきっかけに一層強くなった。取材したのは、ネスレ日本のIFRS対応事例である(関連記事)。

 本社をスイスに置くネスレは、1989年からグループの会計基準にIFRSを採用している。ネスレ日本は地域子会社として、IFRS対応に取り組む立場だ。

 合計700ページに及ぶ会計処理のマニュアルの話、2007年に導入したグループ統一システム「GLOBE」により、会計処理や経営管理の高度化が進んだ話など、当事者の口から2時間近く聞くことができた。この取材をきっかけに、「IFRS対応を生かして経営の高度化を目指す」というのは単なるお題目ではないとの意を強くした。

 ITベンダーやコンサルティング会社にIFRS対応の取材をすると、「経営管理の高度化がIFRS対応のゴール」という話を頻繁に聞く。しかし、「それが理想ではあるが、実際には難しいだろう」と考えていた。

 ネスレ日本で当事者の話を聞くことで、この考えは大きく変わった。同時に「直接、話を聞く」という記者としての基本の重要性を改めて思い知らされた。

 もっとIFRS対応の事例を直接、担当者から聞きたい。こう考えた筆者が狙いを定めたのが韓国だった。今年の初めから、日本でコンサルタントや公認会計士から「韓国の事例が参考になる」との話を聞くようになった。先行してアダプションを実施するだけでなく、企業の形態やIT化の状況が日本と似ているからだ。

 韓国の大企業は企業集団を形成しており、上場子会社を持つ企業もある。ここは日本と似ている。大企業を中心に欧米系のERP(統合基幹業務システム)パッケージを導入する企業が多いという話も聞いた。これも日本企業と同じである。