ある仮想アプライアンスの説明会。「データセンターでは,ユーザーのニーズに応えるためにネットワーク機器を在庫しておかなくてはならない。仮想アプライアンスなら仮想サーバーとプラットフォームを共通化できる」という趣旨の話を耳にした。サーバー仮想化のコモディティ化に伴い,ネットワーク機器,そしてストレージ装置が,安価なPCサーバーと仮想化ソフトに置き換わる潮時が近づいているようだ。

 冒頭部の発言は,シトリックス・システムズ・ジャパンが2009年9月29日に発売した仮想L7スイッチ「NetScaler VPX」の説明会で,評価ユーザー代表として臨席したブロードバンドタワーの大和敏彦社長が述べたものだ(関連記事)。ネットワーク機器,特にデータセンター向けの製品は,発注後すぐに手に入る類のものではない。このためユーザーの要望に応えるための在庫を抱えているわけだが,倉庫に眠っている間は利益に貢献しないお荷物でしかない。

 「仮想アプライアンスであれば,仮想サーバーによるアプリケーション・サーバーのように素早く展開できる」と大和氏は言う。在庫を持つ必要もなければ,物理的に設置する必要もない。

 L7スイッチに限らず,多ポートが必須のL3以下のルーター/スイッチを除けば,仮想アプライアンスで事足りる。例えばセキュリティ機器の多くが汎用サーバーをベースとする。PCサーバーで使われるXeonなどx86 CPUの性能向上策が動作周波数向上からマルチコア化にシフトしたことで,サーバーの並列処理能力が上がったことも,この流れを後押しする。

ストレージ装置がPCサーバーの集合体に

 ストレージ装置も状況は似たようなものだ。例えばNASは,論理ディスクを構成するコントローラ部はPCサーバーで,そのストレージ・インタフェースにディスク搭載用のエンクロージャがぶら下がっている構成が主流である。そもそもNAS最大手の米NetAppは,当初から汎用サーバーと独自OSの組み合わせによる費用対効果の極大化を売りにしてきた。SAN最大手の米EMCでさえ,これまでPowerPCベースだったOSをx86向けに移植し,Xeon 5500番台によるPCサーバー主体のハイエンド・ストレージ製品「Symmetrix V-Max」を2009年4月に出荷した(関連記事)。またNECは,グリッド・ストレージとしてPCサーバーと分散ファイル・システムの組み合わせによるNAS「iStorage HS」を販売している。

 もちろん現状では,SCSI由来の高速・高信頼HDDであるSASドライブと,IDE由来の普及品HDDであるSATAドライブの違いはある。前者はディスクの大きさを1.8型ないしは2.5型と小さくして回転数を稼ぐぶん高価になる。後者は3.5型とディスクが大きくパソコンや家電で広く使われているので容量単価は安い。これもSSDが普及することで,両者の特徴を両立させたうえに,機械部品の撤廃による制振性と耐衝撃性の向上を兼ね備えたドライブ装置が登場するだろう。分散・冗長化を前提にDRAMをメイン・ストレージとして使うディスクレス・サーバーという方向性もある。

 パブリック・クラウドやWebサービスを支えるデータセンターでは,x86ベースのプロセッサを搭載するPCサーバーが続々と展開中だ。Googleのデータセンターに目を向けると,ストレージはPCサーバーと分散ファイル・システムの「Google File System」の組み合わせが基本である。大規模需要が供給側の設備投資を促し,市場価格を押し下げる。iPodが好例だが,コンシューマ市場での大規模需要によってフラッシュ・メモリーの容量単価が下落している。そのコスト効率が際立つとクラウド側の需要が増加する。このスパイラルがSSDで起これば,一気に移行が起こるはずだ。

代替できないネットワーク・スイッチ

 とはいえ「サーバーだけになった」と言い切るには足りない材料がある。PCサーバーを束ねるネットワーク・スイッチだ。

 Googleに代表される大規模データセンターは,ラック内のサーバーをラック内のスイッチで集線し,ラック群をクラスタ・スイッチで集線,さらにコア・スイッチで集線する構成が基本だ。高速かつ多ポートが要求されるため,ここにPCサーバーが入り込む余地はほとんどない。

 可能性があるとすれば,PCサーバーを立体配線するブロック型の構成だ。米IBMのAlmaden Research Centerで研究が進んでいる「Collective Intelligent Bricks Hardware」(CIB HW)である。

 CIB HWでは,「Intelligent Bricks」(IB)と呼ぶキューブ型のPCサーバーを,容量結合による近接無線技術で相互に接続する。最大6面で隣り合うIBを接続し,各IB内のスイッチ機構を通じて目的のIBと通信する。隣接する6台のIB以外との通信にオーバーヘッドが生じるため効率面で劣るが,IBを積み重ねた外縁部の通信帯域は見劣りしない。コンテナ型ファブリックが「コンテナを設置するだけ」でプロビジョニングできるのに対して,IBは「積み上げるだけ」でいいわけだ。

 ただIBの近接無線技術はIB向けの技術で,ここに汎用品が使えないようではコスト・メリットが出そうにない。近接無線技術では,ソニーがAV機器向けに開発した「TransferJet」が,キヤノンやパナソニックなど大手家電メーカーが賛同するなど,一番普及に近い位置にある。

データセンターもソフト勝負に

 ここまで見てきたように,PCサーバーで通用する機能はすべてPCサーバーに収れんする。規模の経済を追求するパブリック・クラウドと,コンシューマ発の価格破壊がある以上,このトレンドは変わらない。パブリック・クラウドをはじめ今や最大の需要家となったデータセンターに適した製品/サービスを提供せずに,ネットワーク機器ベンダーやストレージ・ベンダーが生き残るのは至難の業だからだ。

 データセンターの構成要素がPCサーバー1色に染まるのであれば,ストレージ装置やネットワーク機器がコンピューティング・ノードとして稼働しても不思議ではない。その意味で,サーバー仮想化ソフトを抱えるEMCやCitrixは,いつでもサーバー・メーカーになれる。PCサーバーがネットワーク機器やストレージ装置としてもより広く使われるようになれば,新興のサーバー・メーカーとして既存メーカーとも十分勝負できるだろう。

 提携か合併か,それとも領域侵犯か。このような流れを軸に,米Oracleの米Sun Microsystems買収劇に続く第2幕のベルが鳴り響くことになるかもしれない。