筆者が狙った,ビジネスができSEが育つ技術集団作り。そのポイントの一つはSEの常駐や特定顧客への専任アサインは原則しないこと,二つ目はSEがマルチで仕事をすることだった。前回はそのマルチについて述べたが,数人の方からリアリティあふれるコメントをいただき,深く感謝している。

昔と同じことをやっていては何も変わらない

 読者の中には,筆者が提唱するマルチに対して納得いかない方もおられると思う。筆者もその気持ちは分からないでもない。

 だが,今のIT業界で抱えているSEの塩付け,技術偏重,受身,若手が育たない,慢性的過剰労働などの問題は10年前,20年前とほとんど変っていないのも事実である。と言うことは昔の先輩SEマネジャやSEがやっていたことと同じことをやっていては,10年後,20年後もこれらの問題はほとんど変らないということになる。

 もし,これらの問題を少しでも解決したいと考える人がおられるなら,昔の先輩がやっていないことやできなかったことに,少々ハードルが高くても知恵を絞って挑戦するしかない。そうでないと10年後,20年後も現在と同じになる。

 このことを,今のSEマネジャやSEの方々はぜひ考えてほしい。そして,SEのマルチを,全SEとは言わないが,できるSE,できる顧客から始めることだ。

 もちろんそこには,発想の転換やSEの仕事のやり方の変革,SEマネジャのマネージメントスタイルの変革も必要である。筆者は現役時代そう考え,挑戦した。

常駐や専任を止めるには「体制図を出さない」

 今回は前述のもう一つのポイントの「SEの常駐や特定顧客への専任アサインは原則しない」ということについて述べる。このテーマもマルチと同様,従来の発想で考えると乱暴な主張だと思う。だが,あえて明日のSE作りのために,読者の方に問題提起の意味も込めて説明したい。

 筆者は,SEの常駐や専任アサインを止めるには,まず「顧客に体制図を出さない」ことだと考えている。それは,体制図を出せば顧客は往々にして「このSEは専任・常駐」と見るし,SE自身も自分は専任・常駐だと考えて仕事をするからだ。

 それではSEの塩漬けは解消しないし,SEがマルチで仕事をすることが難しくなる。

 もちろん顧客の中には体制図の提示を要求しない企業もある。だが,多くの大手顧客や元請けのIT企業はそれを要求する。昔はSEの履歴まで要求する企業もあった。すると立場の弱いIT企業は体制図を出すようになる。中には顧客の要求もないのに慣習的に出す企業や売り込むために積極的に出す企業さえある,それが現実である。

 だが,筆者はそれでよいのだろうかと思う。

 体制図を出してもSEの活動に影響がなければよいが,多くの場合はそうは行かない。そこにいろいろな問題が起こる。

体制図を出すとSEが育ちにくい

 例えば,SEが常駐や専任だと,帰社する時などには「会社の会議があるので」などと顧客に報告して了解をもらわなければならない。自分が不在だと顧客の方が「なぜ,○○SEはいないの?」文句を言われるかも知れないと思う。中には2次請け企業が元請け企業にSEの出勤状況を報告しているケースもあるらしいが,派遣契約ならともかく請負契約ではどうだろうかとも思う。

 そんなこんなで,SEは日頃必要以上に顧客に気をつかい,のびのびとは働きにくい。

 そうなると多くのSEが,受身で仕事をするSE,顧客と壁を作るSE,「俺はマンパワー扱いか」と思い時間で仕事をするSE,自分の担当の仕事だけしかしないSE,卑屈なSEなど望ましくないSEになりかねない。

 また,SEマネジャのジョブアサインの自由度がなくなり,SEの塩漬けや,若手の成長機会の損失なども起こる。

 その上,当ブログの5月22号以来再三述べているように,お互いに助け合ったりして組織力を発揮することもできない。などなど,いろいろなことが必然的に起こる。

 以上いろいろと述べたが,きっとこんなことはIT企業の読者の方はとっくにご存知であろう。だがこの問題にはビジネスが絡んでおり,昔からなかなか解決できない。どうもその根っこには,日本のIT業界の,SEを能力ではなく人工で考える風潮があると思われる。

 とは言ってもこのままでよいのだろうか?それでよいサービスができるのだろうか?

顧客に信頼されれば体制図は必要ない

 筆者は以前日経コンピュータで「IT企業はSEの体制図を顧客に出すな」と書いたことがある。だが,IT企業とユーザー側双方から,そうとう反論を食らった。IT企業側の代表的意見は「顧客がSE体制の提示を要求する。それを出さないと売れない」,ユーザー側の意見は「体制図を見ないとベンダーができるといっても信用できない」と言うものだった。

 そこには,顧客はベンダーに不信感を持ち,ベンダーは立場が弱いから要求されれば体制図を出す。そんな構図がうかがえる。多分これは多くの人の本音だと思う。

 ということは,逆に考えれば,顧客がIT企業のSEを見て「この連中なら間違いないな」と思えば体制図は出さなくてすむことになる。するとSEは精神的・物理的に拘束されずにイキイキ働き成長も早い。

 筆者は現役時代そう考えて,以前当ブログで述べた「ぶら訪問」を行い,SEには顧客との約束は守れ,チームで仕事をやれ,提案活動に参画せよと指導するなど,いろいろな手を打った。そして日頃から顧客にSE力を売り込んだ。

 それが功を奏してか,「PMはSEの○○,SEの△△が基盤系,□□がアプリケーションのリーダーを行い,以下SE何人でやります云々」と口頭では説明したが,いかなる大手顧客にも「階層構造のSEの名前を書いた体制図」は一回も顧客に提示することなく,売り上げも毎年達成した。

 当然そこには体制図を要求する顧客や,横暴な営業との闘いもあった。だが当時筆者は,そこにはSEリーダーとして体を張るだけの価値はあると考えていた。

 そんな経験から,筆者はIT企業の方には「本当に体制図を出さないと売れないのか?その前にやることはないのか?」と問いたい。

顧客にとって重要なのはシステム開発や導入の成功

 また筆者は「顧客の方は,体制図をみて目安にはなるだろうが,本当に開発の可否を判断できるのだろうか?」と思う。

 筆者の経験では,プロジェクトというものは最初考えたSEだけではなかなか上手く行かない。それはプロジェクトの途上,技術的・人的な予期せぬトラブルが発生し,予定外のSEやいろいろな技術陣の投入が必要となるからだ。そう考えると,体制図に載せたSEをみて開発の可否を判断できるとは思えない。筆者は体制図で判断するより,SEマネジャやPMなどキーとなる人間の力量を見て判断する方が成功の確率は高いと思うが,どうだろうか。

 なお,読者の中には「体制図がないと,どのSEに相談してよいか分らない」「入館に困る」などと考える人もいると思うが,それは体制図の問題ではない。SEの仕事の分担表や入館申請書を出せばよいはずだ。階層構造の体制図は要るまい。

 いずれにしても,顧客にとって体制図の要求は本質的な問題ではないはずだ。本質はあくまでも,IT企業が約束したシステム開発や導入をきちっとやることである。要はIT企業は「このシステムはきちっとやります」ということを顧客にどう訴え,どう信じてもらうかである。それが体制図の問題であり,SEの常駐・専任問題の原点である。

 IT企業が体制図を要求され,出さないで負けそうになれば,体制図を出したい気持ちも分る。しかし,出さなくて勝てればそれに越したことはない。この体制図の問題は,ユーザーの方々にはいろいろなご意見があると思う。ぜひコメントをお寄せいただきたい。