アドビシステムズと言えば,PhotoshopやIllustratorといったクリエイター向けのデスクトップ・アプリケーションの開発ベンダーとして有名だ。そのアドビがサービス市場への参入を狙っている。戦略の基盤にあるのは,Flash Playerである。Flash Playerはブラウザのプラグイン・ソフトであり,「パソコンへの普及率は90パーセント後半」(同社)に達する。このFlash Player上で動作するさまざまなサービスを提供していこうという考えである。

 サービス市場を狙うアドビの戦略には,大きく二つの柱がある。ひとつは,サービスの実行基盤となるFlash Playerの稼働する環境を増やすこと,もうひとつは自社でサービスを提供することだ。

さまざまなデバイスでFlashを利用可能に

 前者に関して核になるのは,アドビが2008年5月に発表した「Open Screen Project」だ(関連記事「AdobeがFlashをオープン化,コンテンツやアプリを様々な機器で利用可能に」)。Open Screen Projectでアドビは,Flash PlayerのAPIを公開し,端末向けのFlash Playerについて次期バージョンからライセンス料を無料にするなどの支援策を打ち出した。それにより,さまざまな環境でのFlash Playerの普及を後押しする。Open Screen Projectに対しては,発表当初から米シスコシステムズや米インテル,米モトローラなどが支持を表明。日本からはNTTドコモ,KDDI,東芝,パナソニックなどが参加している。

 アドビは,2008年11月に米サンフランシスコで開催したプライベート・カンファレンス「Adobe MAX 2008」で,Flash関連技術を「Adobe Flash Platform」と総称。「さまざまなデバイスにおけるアプリケーション・プラットフォームとしてのFlash」という位置づけを明確にした。

 アドビが特に狙っているのは,モバイル・プラットフォームである。同カンファレンスでは,Androidを搭載した携帯電話でFlash Playerが動作することを披露。2009年1月29日と30日に東京で開催した「Adobe MAX Japan 2009」では,NTTドコモの携帯アプリケーション用アプリケーションをはじめ,携帯端末や携帯電話上のプロトタイプ・アプリケーションを数多く紹介した。さらに,2009年第3四半期の発表を目指してARMと共同でARM搭載端末向けのSDK(ソフトウエア開発キット)を開発しているほか,インテルと共同で家電機器(CE)向けメディア・プロセサへのFlash技術の移植を進めるなど,着実に地盤固めをしている(関連記事「AdobeとARMが提携,ARMプロセサ向けにFlashとAIRを最適化へ」,「Flashを家電用メディア・プロセサ向けに移植・最適化,AdobeとIntelが協力」)。

Photoshopの機能をオンラインで提供

 戦略の二つ目の柱であるサービスに関しては,Photoshopのオンライン版とも言える「Adobe Photoshop Express」ベータ版を2008年3月に提供開始(関連記事「無償の写真管理・補正サービス「Adobe Photoshop Expressベータ版」を使ってみた」)。2008年10月から「photoshop.com」という名称で正式サービスを提供している。photoshop.comでは,Webブラウザ上でデジタル画像の補正や編集ができる。ユーザー・インタフェースにはもちろんFlashを利用する。

 アドビはほかに,PDFの生成,ファイルの共有,Web会議などのサービスを提供する「Acrobat.com」,Webアプリケーション開発者向けにライブラリやコラボレーション機能を提供する「Cocomo」ベータ版なども提供している。Cocomoは今後,Acrobat.comに組み込まれる予定だという。

クリエイティブ・ツールのノウハウを生かせるか

 クラウド上のサービス・ベンダーとして見た場合のアドビの強みは,なんと言ってもFlash Playerの存在である。Flash Playerで動作するアプリケーションは,従来のデスクトップ・アプリケーションにほぼ遜色ない操作性を持つことができる。そのFlash Playerが既にほとんどのパソコンにインストールされているほか,前述したように携帯端末への搭載も着々と進んでいる。

 さらに,Flash Playerの拡張版とも言えるリッチ・インターネット・アプリケーション実行環境「AIR」を利用すれば,ローカル環境のファイルやデータベースにアクセスできるほか,オフライン状態でもアプリケーションを利用できる。1月末時点でAIRのインストール数は全世界で1億を超えたという。

 こうした環境上で利用できるサービスを提供するに当たって,アドビがクリエイティブ・ツールで培ったノウハウをどれだけ生かせるか,また,モバイル端末からパソコンまですべての環境で一貫して利用できるアプリケーションやコンテンツを作成するためのワークフローをいかに確立するか,がポイントになるだろう。