マイクロソフトなど大手ソフトウエア・ベンダーは,ユーザー企業や自治体などの顧客に向け,SAM(Software Asset Management,ソフトウエア資産管理)を支援するサービスに取り組んでいる。例えば,マイクロソフトは2005年10月17日から「ソフトウエア資産管理プログラム」を始めており,アドビシステムズは2008年3月31日にSAM支援への取り組みを表明した。正直に白状しよう。記者は最初,ソフト・ベンダーによるこうした活動の狙いと背景が全く分からなかった。ベンダーにとってどんな経済的合理性があるのかが,よく見えてこなかったからだ。

資産管理の体制作りを支援する

 SAM支援とは何か。それは,ソフトウエア製品のライセンス管理に代表されるアセット(資産)管理を,ユーザー企業自身によって適切に実施できるよう,ユーザー企業をサポートすることである。

 例えばマイクロソフトの場合,SAMを啓蒙するセミナーの開催といったオープンな活動に加え,個々の企業や自治体などを対象に,パートナ企業(監査法人など)によるヒアリング調査と報告書作成,管理台帳作りの手伝いといった個別のサービスまで実施している(関連記事1関連記事2)。SAMの教育コンテンツを収めたDVD-ROMや,データベース・ソフトのAccessで開発した管理台帳ソフトなども用意している。かなりコストがかかった活動だが,基本的に,こうした支援サービスは無償であり,ソフトウエア・ベンダーに売り上げは立たない。

 顧客であるユーザー企業の視点でマイクロソフトのSAM支援サービスを捉えると,ソフト・ベンダーの狙いとして,まずは以下の2つを思い付く。1つは,運用管理ソフト/サービスのプリセールスという側面だ。無償のヒアリング調査を経た後に,有償コンサルティング・サービスの獲得につなげたり,運用管理ソフトの導入コンサルティングや運用管理ソフトのライセンス販売につなげるというもの。そしてもう1つは,ライセンス監査という側面だ。ライセンスが適切に運用されているかどうかを調査し,不備があった場合にライセンスを追加購入してもらうことで,ソフト・ベンダーにとっては,ライセンスの売上拡大になる。

無償で支援する合理的な理由が見えてこない

 ところが,マイクロソフトのSAM支援の関係者によれば,SAM支援というのは,こうした分かりやすい(納得しやすい)単純な論理によって開始したサービスではないというのだ。SAM支援の部隊はマイクロソフトの内部ではプロフィット・センターではなくコスト・センターであり,ソフト・ベンダーとしての直接的な売上拡大を見込んだ活動ではないのだという。本当だろうか。売り上げが立たないということは,ブランド価値の向上や,社内の業務コストの削減など,何らかの利益への貢献のために存在している部署ということになる。

 もっとも,マイクロソフトのSAM支援関係者に話を聞いたところ,ユーザー企業にSAM支援サービスを提案すると,やはりと言うか案の定というか,「売り込みに来たのではないか」とか,「ライセンス監査にやってきたのではないか」と,警戒されてしまうことも多いらしい。SAM支援の認知度が高まっているならまだしも,SAM支援の狙いすらも社会の共通認識として共有できていないうちは,「このベンダーは何が目的でやってきたのだろうか」と,その腹を探られてしまうのは,むしろ当然のことと言える。SAM支援がマイクロソフトの利益にどうつながるのかの論理(ロジック)さえ見えれば安心してサービスを受けられるのだが,経済的な合理性が見えてこない以上,無償という時点で怪しい。

真髄はライセンス運用のためのアフター・サービス

 結論を言えば,記者は,マイクロソフトのSAM支援関係者と2時間ほど話をして,十分にその狙いについて納得することができた。SAM支援サービスの目的は,ずばり「顧客満足度の向上」にあったのだ。顧客満足度が上がる最も簡単な方法はソフトウエアそのものの改善や値下げだが,こうした本質的な方法を除けば,残るのはSAM支援が王道なのかもしれないと思うに至った。背景には,ソフトウエアのライセンスは複雑であり,正しく運用することは難しく,何らかの体制作りや支援が必要になってしまっている,という状況もあるだろう。

 以下はネタバレ(そして,本記事の結論)である。SAM支援の関係者は,こう言う。「ユーザーはみな,ライセンスの運用によって問題が生じてしまうことを避けたいと思っている。ユーザーによっては,ライセンスの運用を面倒臭く感じている。いっそのこと面倒なライセンスを考える必要のない他のソフト(オープン・ソースなど)やサービスに乗り換えてしまおうと考えるユーザーもいる。こうした状況下で,ソフトウエア・ライセンスのユーザー数を減らさないために,顧客満足度を上げる行為(ユーザーを引き止める行為)として,SAM支援を行っている」。

 ソフト・ベンダーがSAM支援に取り組む真の理由とは,こういうことなのである。ある意味,切羽詰まっている。記者は,目からうろこが落ちた。と同時に,これは合理的な理由であると感じた。自分がユーザー企業の立場だったとして,この理由を聞いていれば,安心してSAM支援サービスを受けることができる。ソフト・ベンダーのサポートの一環として,ソフト・ベンダーのことをフレンドリーに感じる。これはつまり,とにかくライセンス数をガンガン売って事業規模を拡大していればそれでよかった昔とは異なり,売った後のフォローなども必要になってきたということなのだろう。ソフト・ベンダーの業務モデルに,小さいながらも変化が生じてきているのを感じる。

違法コピーの摘発はソフト・ベンダーにとっても脅威

 違法コピーの発覚や内部告発,損害賠償などといった,ライセンスに伴う脅威は,ユーザー企業にとっての脅威であると同時に,実はライセンスを販売しているソフト・ベンダーにとってもまた切実な脅威なのであった。これは記者の中では新たな発見だった。何か事件が起こってライセンス問題が大きく報じられることで,多くの企業は必要以上に警戒したり,脅威に感じたりしてしまう。ここで,脅威の芽を摘まれてしまったら(つまり,誰もがライセンスから距離を置いたら),ソフト・ベンダーとしては生き残れないのである。「ライセンスと友達になってもらう,ライセンスを恐れずに,安心してもらう」---。これが大切であり,このためにはある程度の出費は惜しまない。こうしてコスト・センターとしてのSAM支援が成り立つのである。