携帯電話,無線LAN,ICタグ・・・。電波の通信手段としての利用は,ますます進んでいる。しかし,電波は目に見えない,銅線や光ファイバのように伝送路が決まっていないため,トラブルが発生するとその原因究明には苦労する。筆者はIP電話の現場(現場から)のコラムを担当してきたこともあり,無線IP電話や無線LANを利用する際の苦労話をよく聞く。そんな中,あるきっかけで最新のスペクトラム・アナライザを見る機会があった。無線通信トラブルの原因究明に役立ちそうだ。

【参考記事】
無線IP電話の音切れトラブル,無線パケットの再送が多発
無線LAN導入で悪戦苦闘,最悪の設置環境にツールと「N900iL」の差が追い討ち
「FOMA N900iL」導入を実践(前編)
思わぬ原因でIP電話にトラブル発生

 無線LANは以前から利用されてきたが,無線IP電話の場合,厳しい通信品質を要求される。通信に問題があると,「音声が途切れる」「雑音が入る」などとなり,ユーザーがすぐに気づくからだ。導入する際の事前調査時には問題が無かったのに,導入して安定して動作していたら,ある日突然トラブルが発生することも少なくない。

 トラブルの原因究明のため,有線LAN部分で音声パケットを収集,分析する方法がある。しかし,それだけでは情報不足であり,やはり電波を調べる必要が出てくる。当然,インテグレータの多くは,電波を測定するツール/機器を用意している。しかし,ツールを使ったからといっても,必ずしも原因がすぐに分かるわけではない。たいてい,信号や雑音の電力(強さ)や周波数が分かるくらいである。結局,トライ・アンド・エラーのような“力ずく”となるケースが多い。

3次元で表現するリアルタイム・スペアナ

 インテグレータの苦労話を聞いているなかで見たのが,冒頭で触れたリアルタイム・スペクトラム・アナライザと称する測定器,日本テクトロニクスが販売する「RSA6100シリーズ」である。

 従来のスペクトラム・アナライザ(以下,スペアナ)は,掃引式といわれる方法で電波を測定していた。たとえば,10MHzの帯域を測定するとき,一度に10MHz幅の電波を測定しているわけではない。狭い周波数幅で順に測定していき,それらを合わせて10MHz幅の測定結果としている。つまり,測定する帯域すべてを同時に測定しているわけではない。

 そのため,雑音電波があっても,測定するタイミングによっては取りこぼしてしまう恐れがある。このため,掃引速度を変更したり,電波を取り込むタイミングを決めるトリガーを調整したりといった工夫,試行錯誤が必要になる。

 
図1●リアルタイム・スペクトラム・アナライザは電波を3次元で測定,分析する
 これに対し,リアルタイム・スペアナは,対象とする帯域すべてを同時に測定できる(図1)。RSA6100シリーズは,最大110MHzの帯域を最大約4万8000回測定し,最小24マイクロ秒の信号を検出できるという。従来の周波数-電力という2次元の測定結果に,時間というパラメータを加えた3次元で電波が分析できるようになる。

 3次元で分析できるといっても,画面は2次元であるため,色を使って3次元情報を表現する。たとえば,周波数を横軸,電力を縦軸にとった測定結果では,時間軸が見えない。そのため,赤い色は発生頻度が高いなどと,色を使って時間の要素を表現する(写真1)。写真1は無線LANの電波を,端末となるパソコンの近くで測定した結果である。下のほうの太い赤い帯はアクセス・ポイントの信号で,上のある細い帯はパソコン側の信号である。アクセス・ポイントは常に電波を発しているため,赤い点の密度が濃く,測定ポイントから離れているから電力が小さくなっている。

写真1●横軸は周波数,縦軸は電力で,色を使って発生頻度を表現
上の細い赤い帯が無線LANの端末の電波,下の太い赤い帯がアクセス・ポイントの電波の測定結果である

 ユーザー・インタフェースとしてWindows XPを採用しており,パソコンと同じ感覚で操作できるようになっている。

電子レンジの電波が見える

 無線LANの天敵ともいえるのが,電子レンジである。もともと無線LANが利用する周波数帯はISM(産業科学医療用)バンドと呼ばれ,さまざまな用途で共用することが前提である。ある程度の混信は仕方がないのだが,通信できなければ困る。そこで雑音に強いといわれるスペクトラム拡散などの技術を利用することが多い。しかし,程度の問題で,電子レンジが近くにあるような場合はお手上げである。

 実際に電子レンジが原因で,無線LANが使えなくなったというケースがある。あるユーザー企業で,それまでは問題なく動作していた無線LANが,突然おかしくなった。当初は近くにある倉庫街を出入りするトラックが原因でないかと疑い,調査した。しかし,電子レンジが原因だと分かった。オフィスのレイアウト変更で電子レンジの置いてあるカフェテリアの場所が変わったため,問題が発生したのだ。

 電子レンジが発生する電波の周波数帯は2450MHz±50MHz。リアルタイム・スペアナで見ると,電子レンジの電波は,出力が大きく(赤い)帯域の狭い電波が見える(写真2)。

写真2●電子レンジとBluetoothの干渉
横軸は周波数で,上が縦軸が電力,下が時間である
[画像のクリックでデモンストレーション表示]

 写真2はBluetoothの信号もとらえている。Bluetoothは周波数ホッピングという通信方式を利用しており,一定時間ごとに使う周波数を変えているのがはっきりと分かる。

 また,無線通信についてまわるのが,マルチパスによるフェージングの問題である。電波が壁などに反射を繰り返し,さまざまな経路をたどって受信器に届き,雑音として通信に悪影響を及ぼす現象である。写真3は,左が正常時,右がフェージングが発生している状況を測定した結果である。実際には,測定結果をいくつかの側面から分析するが,フェージングが発生しているときは信号の落ち込み(ノッチ)が表れるのが特徴である。

写真3●左が正常時,右がフェージング発生時
フェージングが発生すると,電力の落ち込み(ノッチ)が生じる

 無線IP電話トラブルの原因究明に効果が期待できるリアルタイム・スペクトラム・アナライザであるが,本体価格は900万円くらいと高い。オプションを追加していると,1000万円を超える。それに,寸法は幅437×奥行き413×高さ267mm,重量26.4kgと大きくて重い。ポータブル型はまだない。「よし買った」と言える機器ではないが,ご参考まで。