写真1●スターロジック代表取締役兼CEOの羽生章洋氏
写真1●スターロジック代表取締役兼CEOの羽生章洋氏
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写真2●オープンソースが儲からない理由
写真2●オープンソースが儲からない理由
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写真3●Fake CommunityがSI企業と結びつくのが最悪
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 「企業とエンジニアとOSSの三角関係」。スターロジック代表取締役兼CEOであり,Seasarファウンデーションの理事も務める羽生章洋氏(写真1)は,2006年5月15日に開催されたオープンソース関連イベント「Open Source Revolution!」で,このような刺激的なタイトルで講演を行った(関連記事)。優秀なエンジニアはなぜオープンソース・ソフトウエア(OSS)の開発プロジェクトに引き寄せられるのか,それを踏まえて企業はどのような点に気をつけなければならないのかについての自説を披露した。

OSSには様々なものがある

 羽生氏はまず「OSSといっても様々なものがある」と指摘。OSSと十把一絡げに言うのは,ちょうど「欧米」と言うのと同じだとした。実際には,欧と米は違うし,欧の中でも英国とドイツとフランスは違う。羽生氏はOSSにおける違いとして次の四つを挙げた。

  • 「地域」…ソフトウエアのジャンル
    OS,データベース管理システム,アプリケーション・サーバー,ライブラリなど
  • 「言葉」…開発言語
    C,Java,Ruby,Perl,PHPなど
  • 「宗教」…ライセンス
    GPL,BSD,APL,CPLなど
  • 「政体」…開発組織
    個人,有志集団,NPO,株式会社,任意団体など

 これらが違うものを同列に論じているのには無理があるということだ。例えば開発組織でいえば,米Red Hatは株式会社である米JBossを買収できたが,NPOであるSeasarファウンデーションを買収することはできない。

 こうした違いは,プロプライエタリなソフトウエアも似ているという。「宗教」や「政体」の部分がOSSと異なるだけで,「ソフトウエア」という点は同じだからだ。「オープンソースだから,プロプライエタリだから品質がどうこうということはない。バグのあるソフトにはバグがある,それだけ」(羽生氏)。

ベンダー大陸とユーザー大陸

 次に羽生氏が挙げたのは,ソフトウエア経済という惑星には「ベンダー大陸」と「ユーザー大陸」の二つがある,ということである。ベンダー大陸には「プロプライエタリ・パッケージ界」だけでなく「OSS界」も含まれる。ユーザーはオープンソースにもサポートを求めるからだ。つまりベンダーとして見ているのである。

 一方,ユーザー大陸でベンダー大陸に接しているのがSI界である。ベンダー大陸からソフトウエアを輸入して組み合わせることで,エンドユーザー界にソリューションを提供している。

ソフトウエアとお金の関係

 以上の前提を踏まえたうえで,羽生氏は「企業とエンジニアとオープンソースの三角関係」で重要な意味を持つ「お金」の話を始めた。この三角関係がこじれるのは「お金がからんでくるとき」だからである。

 お金の流れは「ソフトウエアの価値連鎖」の構造がわからないと見えてこない。具体的には

  • 「開発者」が「プロダクト」を開発
  • 「プロダクト」は「チャネル」を通して流通
  • 「チャネル」から「ユーザー」がプロダクトを入手
  • 「ユーザー」が「開発者」にフィードバック

というループである。開発者とユーザーはたいてい何らかの企業に所属しているため,それぞれ所属企業から給料を得ている。この構造を基に,羽生氏は様々なソフトウエアの形態ごとにお金の流れを説明した。

・商用ソフトウエアの場合

 個人向け商用ソフトウエアの場合,開発者は「ベンダー内の従業員開発者」であり,チャネルは「販売代理店」になる。ユーザーの所属企業が給料をユーザーに支払い,ユーザーは代金を販売代理店に支払い,販売代理店は集めた代金をベンダーに支払い,ベンダーは給料を開発者に支払う。つまり,ユーザーの勤務している企業のお金が最終的にベンダー内の開発者に渡るという流れになっている。企業向けの商用ソフトウエアの場合は,ユーザーが「企業内ユーザー」になる。ユーザーが所属する企業が,ユーザーに給料を,販売代理店に代金を支払う以外は,個人向け商用ソフトウエアと変わらない。

・日本のフリーウエア/シェアウエアの場合

 フリーウエアの場合,チャネルは「窓の杜」や「Vector」といったダウンロード・サイトになる。ユーザーと開発者の間にお金のやり取りはない。就業時間中にフリーウエアを開発していると所属企業に問題視されることはあるが,開発者個人にお金が入ってこないので,あまり問題がこじれることはない。ところが,シェアウエアの場合は開発者にお金が入ってくるので,「副業をやっている」ということが大きな問題になる。

・Seasar2をはじめとするOSSの場合

 開発者は「コミッタ」であり,ユーザーは「SI企業内開発者」である(写真2)。コミッタには「仕事でやっている人」と「仕事として認めてもらえないので夜中にやっている人」がいるが,いずれにせよ所属企業から給料をもらっている。一方,SI企業はエンドユーザー企業からお金をもらい,SI企業内開発者に給料を支払っているが,コミッタの所属企業にはお金は渡らない。これがオープンソースが儲からない理由だという。この問題を解決する方法が次の二つである。

・OSSでサポート・ビジネスをする場合

 エンドユーザー企業やSI企業からコミッタの所属企業がお金をもらうことができる。そのいい例がJBossだという。

・SI企業がコミッタ所属企業を兼ねている場合

 スターロジックはSI企業とコミッタの所属企業を兼ねているので,エンドユーザー企業からお金をもらって,スターロジックに所属しているコミッタとSI開発者に給料を支払っている。大手ベンダーのいくつかも同じ構造になっているという。

・Fake Community論

 羽生氏は「ユーザー会自体が悪いと言っているわけではない」と前置きしたうえで,日本にはOSSのユーザー会が多い点を指摘した。海外で開発されたOSSでは日本語が使えない場合,ユーザー会が独自の日本版を開発することが多い。ユーザー会がカスタマイズの成果を本家にフィードバックすれば問題ないが,フィードバックしない場合,本家とは別に日本ローカルのコミュニティができてしまう。これがFake Communityである。

・Fake CommunityがSI企業と結びついた場合

 そして最も問題なのが,企業がFake Communityをコミュニティだと思って支援する場合である(写真3)。お金の流れがからんでくるからだ。国内で完結しているため,本家にはフィードバックもお金も流れない。優秀なエンジニアには「人の善意を踏みにじってるんじゃないの?」というように見える。つまり,こうした企業は嫌われる。

OSSとのよい関係を築くために

 ここまでの議論を踏まえたうえで,羽生氏は企業が気をつけるべき点を挙げていった。

 まず,OSSのコミュニティには二つあることを理解する必要があるという。コミッタ(開発者)のコミュニティとユーザーのコミュニティである。「この二つが近いほど盛り上がりやすい」(羽生氏)。その最もいい例がSeasarだという。羽生氏はSeasarが短期間で盛り上がった理由をいくつか挙げた。まず,絶え間ない宴会。数カ月おきに開催するイベントも効果的だという。メディアの記者は技術の内容を理解できないので,イベントだと記事に書いてもらいやすいからだ。

 そして,エンジニアがSeasarのコミュニティに参加する動機として「日常からの逃避」という側面があることも見逃せないとした。会社で好きなソフトを作らせてもらえない優れたエンジニアが,やりたいことを求めてコミュニティにやってくるのである。そうしたエンジニアは驚くような質の高いコードを書くという。

 ただ,スターロジックはSeasar以外のOSSにはコミッタを出していない。案件に使っているだけで,フィードバックしていないソフトウエアもある。だからこそ,反感を持たれないように発言には細心の注意を払っているという。一番嫌われるのは,「お金だけ出しとけばいいんじゃないの」という態度の企業だ。「人の顔が見えないボランティアはウソくさい」(羽生氏)。こうした企業は,従業員がメーリングリストに書いたたった一つの不用意な文章がきっかけで,風評被害をもたらすスレッドが「2ちゃんねる」に乱立することもある。

 ただ,こうしたリスクがあるからといってOSSにかかわらないのでは,リスクを取りに行く企業との競争に負けてしまう。何よりOSSは無料であり,仕入れコストが商用ソフトとは比較にならない。また,「ユーザー大陸のSI企業がベンダー大陸に移動するチャンス」でもある。スターロジックは自社で開発したワークフロー・エンジンをSeasarファウンデーションに寄贈している(参考記事)。このおかげで,有償サポートの話が来ているという。OSSにより,小さい企業が資本の弱さをカバーできるのである。メリットは,ブランドの認知,顧客の獲得,採用コストの低減など数多い。今では,スターロジックに入りたいというエンジニアは多いという。優秀なエンジニアが向こうからやってくるのだ。

 羽生氏は,今後,人材の流動性が高まることは避けられないと語る。現に,派遣会社のエンジニアのスタッフ登録は減ってきているという。優秀なエンジニアは,コミュニティの中で転職先を見つけるようになってきているからだ。企業が,自社のエンジニアをコミュニティに積極的に参加させるようにすれば,引き抜かれる危険性もある代わり,他社の優秀なエンジニアを連れてきてくれることもある。

 もはや,会社が認めてくれなくても,外部が認めてくれることは十分ある時代である。OSSによりルールが変わったのだ。ボランティアを上回るような志の高さを会社がきちんと示せないと,優秀な人材を引き留めることはできない。企業は「ビジョン重要」だと羽生氏は講演を締めくくった。