「Enterprise Platform」サイト
編集長 
志度昌宏
「Enterprise Platform」サイト編集長 志度昌宏

 金融に端を発する経済危機が、全世界・他業界へと広がる中、2009年は何事においても“我慢”を強いられることだろう。2008年末には、自動車・電機などの業界において、工場建設の延期・中止など生産体制を抜本的に見直す動きが相次いだ。他業種でも、計画していた新製品や新規サービスの投入先送りなどが起こっても不思議はない。

 こうした環境下にあっては、情報化投資の見直しも避けられない。生産管理システムや販売支援システムなどのプロジェクトが足踏み、あるいは消滅するかもしれない。しかし、こうした環境下だからこそ、緊急度を高めるべきテーマがある。「Platform Conscious(プラットフォーム・コンシャス)」だ。業務システムありきで個別最適が進みがちな日本のIT環境において、“脱アプリケーション至上主義”を宣言する時が来た。

プラットフォームの最適化で変化への耐性を高める

 Platform Consciousとは、アプリケーションとは独立にIT基盤の最適化を図ることである。「経営環境や業務アプリケーションなどの変化に対し、柔軟に対応できるIT基盤を確立すること」、あるいは「変化を先取りできるIT基盤を確立すること」だと言える。

 「プラットフォーム(基盤)」という言葉そのものに目新しさはない。しかし、日本企業の情報システムにおいては、IT基盤の多くが、特定のアプリケーションとセットで議論されてきたのではないだろうか。結果、事業部門ごと、商品ごと、地域ごと、などの個別最適化された基盤が多数構築されてきた。基盤は本来、アプリケーションとは独立であるべきだし、でなければ重複投資によるムダを生み出してしまう。

 米IT関連リサーチ最大手のガートナーは毎年、10大戦略的テクノロジを発表している。彼らが、2009年~11年までの3年間に重要な役割を果たすとしたのは、(1)仮想化、(2)クラウド・コンピューティング、(3)サーバー、(4)Web指向アーキテクチャ、(5)エンタープライズ・マッシュアップ、(6)特化型システム、(7)ソーシャル・ソフトウエアとソーシャル・ネットワーキング、(8)ユニファイド・コミュニケーション、(9)ビジネス・インテリジェンス、(10)グリーンIT、である(関連記事:これがテクノロジ・トレンドだ)。

 これらのテクノロジの多くに共通するのは、「最適化を図る」「利用できるものは利用する」「情報の発信源を押さえる」という点だ。そうした条件を満たすIT基盤を隔離することが、ビジネスに大きく貢献する。10大戦略的テクノロジを取りまとめたマーク・ラスキーノ氏は、「テクノロジのデリバリ方法を最適化することが重要」だと指摘する。テクノロジをデリバリする仕組みこそが、IT基盤である。当然、これらテクノロジは、「コスト削減という大きな課題への解決策」(ラスキーノ氏)であり、IT基盤の最適化はIT投資の最適化につながる。

クラウドも新たなプラットフォームの確立を求める

 IT基盤を確立できていない、企業のIT部門は決して幸せではないだろう。現場の要求に応えたくても、個人情報保護やセキュリティの確保などの理由から、「できない」「今後、禁止」といった回答をせざるを得ないからだ。対処療法を取れば取るほど、社内における“信頼感”は低下する。

 しかし、テクノロジは本来、ITの専門家であるIT部門の味方である。例えば、これまで現場に依存するしかなかったクライアント環境の最適化においても、最新テクノロジを活用すれば、「電源OFFのマシンもリモート管理」したり、「遠隔地にあるPCを診断し、修復する」ことが可能になる。サーバー環境だけでなく、クライアント環境もIT基盤に組み込み、IT部門がマネジメントすれば、煩雑な作業から解放された現場から、IT部門は再評価されることだろう。

 米グーグルや米アマゾン・ドットコムなどの台頭で、話題になったクラウド・コンピューティングも、企業に新たなIT基盤の確立を求めるはずだ。現時点で、「クラウド・コンピューティングの何が新しいのか?」を断定することは難しい。ただ間違いがないことは、クラウドはテクノロジの固まりであるという点と、クラウドという新たなプラットフォームの存在を視野に、企業のIT基盤を考えなければならないという点だ。

 クラウドと向き合う際の基本姿勢は、“マッシュアップ”である。自らがIT基盤やアプリケーションを開発するのではなく、テクノロジの価値を「サービス」の形で享受する。この考え方は本来、企業情報システムの柔軟性を高めるとされるSOA(サービス指向アーキテクチャ)が提示したもの(関連記事:“作る”文化からの脱却がSOAの成功につながる)。しかし、企業単位のSOAは、独自アプリケーションのサービス化に力を入れすぎ、マッシュアップの視点は生まれづらかった。クラウドの内側をのぞけば、各企業が、どこまでをIT基盤ととらえるかの判断材料も得られる。

 当「EnterprisePlatform」サイト上の仮想研究所の一つ「西野・グローバルIT研究所」の西野嘉之所長(=メディネットグローバル代表取締役)は、「マッシュアップをどう見るかは、テクノロジとの対峙姿勢によって異なる。このことが日本と海外の、社会システムや企業システムの格差になって現れている」と指摘する。

テクノロジの“価値”と“楽しさ”を感じよう

 IT基盤の最適化に取り組めば、ITエンジニアは大きく3種に分かれていく。Platform Engineer(PE)とApplication Engineer(AE)、そして両者を取り持つ者だ。PEがIT基盤を支え、AEはよりエンドユーザーの要求に集中して応える。両者だけでも十分なようだが、IT基盤が自由にリソースを増減できるまでは、アプリケーションの増減を見越したIT基盤の構築・運用計画が必要なため、PEとAEの橋渡し役は不可欠だ。

 AEが、柔軟かつ堅牢なIT基盤を後ろ盾に持てれば、業務アプリケーションの姿も変わる。当「EnterprisePlatform」サイト上のもう一つの仮想研究所である「萩本・匠スタイル研究所」の萩本順三所長(=匠Lab代表取締役)が追求する“職人気質”が復活し、テクノロジに対する信頼感も高まることだろう。

 このようにPlatform Consciousを推すと、堅苦しく、つまらないことのように感じられるかもしれない。だが、Platform Consciousになるということは、テクノロジの価値や、それを考えた技術者の思考、そのテクノロジによって描かれた近未来像を楽しむことにほかならない。

 テクノロジは、時に我々の生活を大きく不便にすることもあるが、基本的には社会インフラを支え、人間の限界を補う(関連記事:ヘルメット・コンピュータ - 第3の“目・耳・口”を提供)ために存在する。2009年は、テクノロジの価値と楽しさを改めて確認し、IT基盤の確立に臨みたい。