前回に続いて,「GMS(総合スーパー)業界二強」といわれるセブン&アイとイオンの問題を取り上げます。セブン&アイとイオンについてはダイヤモンド・フリードマン社の『チェーン・ストア・エイジ』だけでなく,日経BP社の『日経ビジネス』からの依頼もあって,いろいろな経営分析を試みました。こうした機会を通して得たノウハウを,「経営分析の舞台裏」としてこのコラムで紹介することにします。

 まずは無難な“お子様ランチメニュー”として,売上高と経常利益を調理したものを食していただくとしましょう(図1)。

図1●イオン,セブン&アイの売上高と経常利益の推移
図1●イオン,セブン&アイの売上高と経常利益の推移
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 図1を作るにあたっては「移動集計」という手法を採用しています。これは,例えば2008年5月期(第1四半期)については前の期の第2四半期(2007年8月期)から当第1四半期までを集計し,次の2008年8月期(第2四半期)については前の期の第3四半期(2007年11月期)から当第2四半期までを移動しながら集計するものです。

「図1を見ると,増収傾向だけれど売上高の伸びは頭打ちになりつつあり,しかも減益になっていることがわかりますね」
“増収だが頭打ち”をカタイ表現で述べるなら「収穫逓減」といいます。昨今の,消費需要の低迷を表しているといえます。

「セブン&アイにしろ,イオンにしろ,売上高が5兆円を突破している企業ともなると増収減益も穏やかに推移する,といったところでしょうか」
2008年が増収減益ブームになる,というのは第47回コラムですでに予測していたことです。図1は,その予測を裏付けてくれています。

セブン&アイの年間固定費はマイナスになる

 今回は,増収減益の裏に隠された要因を探ることにします。まずは売上高に注目し,拙著『戦略ファイナンス』で紹介しているSCP(Sale Cost and Profit)分析の,予算操業度売上高,損益分岐点売上高および自然売上高を,セブン&アイとイオンそれぞれに描き加えてみることにします(図2)。

図2●4種類の売上高推移
図2●4種類の売上高推移
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「セブン&アイについては,4種類の売上高すべてが凪(なぎ)の状態で推移していますね」
「イオンは,実際売上高と損益分岐点売上高が凪の状態なのに,予算操業度売上高と自然売上高については2007年5月期から2007年11月期にかけて,津波が押し寄せたような印象があるぞ」

 セブン&アイの実際売上高が予算操業度売上高を常に上回っている点については注意を要します。この注意点を含め,イオンについて特に予算操業度売上高が大きくうねっている問題点についても,操業度率に絡めて改めて説明する予定です。今回は図2において,×印で繋いでいる損益分岐点売上高に注目してください。

「損益分岐点といえば,CVP分析ですね。このコラムでも第13回以降,よく登場しました」

 確かに損益分岐点とCVP分析は切っても切れない仲です。ところが残念なことに,セブン&アイの場合,CVP分析による損益分岐点は存在しません。

「え? だって,図2では,損益分岐点売上高が表示されているではないですか。だから,損益分岐点も存在するのではないですか?」

 いえ,図2は,SCP分析によるものだと申し上げたでしょう。その違いを明らかにするために,従来のCVP分析に戻って,セブン&アイにつき,最小自乗法を使った固変分解を行なってみます。図3の散布図を見てください。

図3●最小自乗法による固変分解と散布図
図3●最小自乗法による固変分解と散布図

 図3を見るにあたっては,次の点に注意してください(図4)。

図4●散布図(図3)における注意事項
図4●散布図(図3)における注意事項

 1次関数(y=1.0334x-80710)の第2項にある「-80710」は四半期ベースの固定費を表しますから,これを4倍した年間の固定費は3228億円のマイナスになります。

「げっ! セブン&アイでは,年間の固定費がマイナスになるのか」
おまけに,1次関数のxの定数「1.0334」は変動費率を表わしています。

「なるほどぉ~,固定費がマイナスで,変動費率が1を超えるのでは,セブン&アイの損益分岐点売上高を求めることはできませんね」

 従来のCVP分析で損益分岐点を求めると,空中分解を起こして地上に墜落してしまうのです。

「でも,図3や図4は,当期純利益を基にしているでしょう。営業利益や経常利益であれば,損益分岐点も救われる道があるのではないですか?」

 ご指摘の通り,営業利益で固変分解を行うと変動費率は0.9635,経常利益で固変分解を行うと変動費率は0.9590という結果になり,1を下回ります。ところが,年間の固定費は相変わらず,それぞれ▲733億円と▲429億円になりますから,やはりセブン&アイの損益分岐点は地上に墜ちてしまいます。

 そもそも,税効果会計が導入されている現行の会計制度で法人税等を考慮せず,営業利益や経常利益どまりで議論することは,それこそ「お子様ランチ」の経営分析です。また,拙著『管理会計入門』161ページでも説明したように,法人税等は変動費と固定費の性格を合わせ持つことから,分析対象に必ず加えるべきです。

 さらに,図3の左上に表示されている決定係数を見逃してはなりません。この決定係数については同じく拙著『戦略ファイナンス』158ページで説明したように,2種類の因子の相関関係を表す重要な指標です。その決定係数R2が0.9977という高い数値を叩き出しているのですから,売上高から当期純利益までを含めた固変分解には十分な意義が認められるといえます。

「そうなると,図2で描かれている損益分岐点売上高というのは…」

 これがまさしく「指数関数法による固変分解」を使ったSCP分析の成果です。参考として,セブン&アイやイオンだけでなく,流通大手のユニーを含めた損益ポジション倍率の推移を示します(図5)。

図5●損益ポジション倍率の推移
図5●損益ポジション倍率の推移

 損益ポジション倍率は,実際売上高を損益分岐点売上高で割った指標であり,第14回第17回のコラムですでに登場しています。図5を見ると,セブン&アイの倍率が抜きん出ていることが分かります。

「この値が高いほど,業績が安定しているということでしたよね」

 経営分析の世界では,安全性を示す単純明快な指標です。ところが,従来のCVP分析や損益分岐点分析といわれる手法では,そもそもの話として図5を単純に描くことさえ不可能なのです。

 次回は予算操業度売上高などを含めて,もう少し詳しく検討していくことにしましょう。

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/