前々回(第66回)では「最適資本構成タカダ理論」,前回(第67回)では「最適ファイナンス構成論」の概要を説明しました。今回は,「GMS(総合スーパー)業界二強」といわれるセブン&アイとイオンの決算データを利用した資本構成の問題をとりあげます。

「前回までのコラムによれば,資本構成って他人資本と自己資本との間で行なわれる綱引きの結果,最適な資本構成はどこに落ち着くか,という議論でしたよね」

 それに加えて,実際の資本構成との乖離はどれだけあるか,も合わせて検証してみます。まず,前回にも紹介した公式を再掲します(図1)。「ただし書き」にある用語を変更しているので,注意してください。

図1●最適デット比率の公式
図1●最適デット比率の公式

 抽象的な説明だけでは難しいところがあるので,セブン&アイとイオンの具体的な決算データから,図1の妥当性を検証してみることにします。

資金を調達すると相応の資本コストが発生する

 図2をご覧ください。2007年2月期と2008年2月期の2期間にわたる,両社の決算データを分析したものです。

図2●最適資本構成を求めるための決算データ
図2●最適資本構成を求めるための決算データ
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 図2では,『日経会社情報』に掲載された「有利子負債(1)」を分母とし,「営業外費用(2)」を分子として,3行目にある「有利子負債に係る支払利子率」を計算します。この値をそのまま,図1にある「他人資本コスト率」と同値であると推定します。

「統計学でいう不偏推定値のようなものですね」

 不偏推定値とは,セブン&アイやイオンが銀行に対して持つ交渉力は,そのまま買掛金や支払手形など他の負債に対しても同等の交渉力を持っているだろう,と推定することです。これに(1-法定実効税率40%)を乗じて,図2の4行目にある「税効果考慮後の他人資本コスト率」を求めます。

「なるほど。借入金などに係る他人資本コストには,法定実効税率相当の節税効果が働くと見なすわけだ」

 一方,図1にある「自己資本コスト率」は,自己資金を用いる場合に発生する資本コストです。借入金で調達すれば支払利息,社債で調達すれば社債利息,資本金で調達すれば配当金といったように,資金を調達しそれを活用する場合には相応の資本コストが発生します。従って,自己資金を集めてそれを活用する場合も,相応の資本コストが発生すると見なします。

「それが自己資本コスト率になるというわけか」

 ただし,自己資本コスト率を求めるのは一筋縄ではいかず,次の式を利用します(図3)。

図3●自己資本コスト率を求める式
図3●自己資本コスト率を求める式

「ああ,そうか。自己資本コスト率を求めるには,(1)長期国債の利回り,(2)ROE,(3)シャープのベータ値,といった3種類のデータが必要なんですね」

 セブン&アイとイオンのROE(自己資本利益率)と長期国債の利回りは,図2のものを使います。どちらも,『日経会社情報』を参考にしました。

「シャープのβ値とは?」

 これは,例えば日経平均株価の投資利益率を横軸とし,企業ごとの株価の投資利益率を縦軸として散布図を描き,各点を回帰分析した直線の傾きで表わされます。投資利益率相互の感応度を表わす指標です(注1)

 β値については週次ベースで,筆者のほうで推計しました。次の図4は2008年2月期のデータを基に,両社を同一の散布図上で描いたものです。黒の点と,その点を回帰した黒の直線がセブン&アイです。グレーの点と,その点を回帰したグレーの直線がイオンです。それぞれの回帰直線の傾きが,シャープのβ値になります。

図4●シャープのβ値を求めるための散布図と回帰直線
図4●シャープのβ値を求めるための散布図と回帰直線

 以上の結果をまとめたものが,図2でグレーに染めた「税効果考慮後の他人資本コスト率」と「自己資本コスト率」です。2008年2月期のイオンに注目すると,他人資本コスト率1.05%,自己資本コスト率5.33%ですから,ファイナンス理論の通説的見解に従えば,イオンにはまだ十分に借り入れ余地がありそうに見えます。

「へぇ~,その通説的見解とやらは妥当なのですかねぇ」

 そこで,筆者独自の最適資本構成を求めてみます。

 両社の貸借対照表を参照し,他人資本を使用総資本で割ったものを,実際デット比率と呼ぶことにします。また,図2にある「他人資本コスト率」と「自己資本コスト率」を図1の式に代入して,最適デット比率を求めます。

 実際デット比率・最適デット比率ともに,使用総資本における他人資本が占める割合を示します。これらをまとめたものが図5であり,2008年2月期の資本構成を図解したものが図6です。

図5●実際デット比率と最適デット比率の比較/図6●負債余力をあぶり出す図

 図6の負債余力とは,最適デット比率から実際デット比率を減算したものです。

「図5にある最適デット比率を比較すると,両社ともに80%台で推移していますね」
「“最適な状態”についていえば,両社とも,各期とも,ほとんど変わりはないということか」

 ところが,実際デット比率については,セブン&アイが40%台後半であるのに対し,イオンは60%台後半にあって,かなりの開きが認められます。図6に示された負債余力を見ると,セブン&アイは35.9ポイントもの余裕があるのに対し,イオンは半分以下の16.1ポイントしかなく,イオンの負債余力は限界に近づいているといえます。

 以上の結果がどういうことを意味するのかは,次回「地に墜ちた損益分岐点」として引き続き議論していくことにしましょう。

(注1)回帰分析については,第13回コラムを参照してください

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/