夜。台風に伴う大雨で近くを流れる川の水位がみるみる上昇。川の水が道路にあふれ,オフィスの1階が水につかった。水が引いた翌日,泥にまみれたパソコンがオフィスに残されていた。かつて取材した,中国地方のある製造業の会社のことである。

 このときのデータ復旧の話が印象に残っている。

 バックアップは取っていた。だが,それは数カ月前のもの。一度水没したサーバーからデータを復旧できなければ,数カ月分の業務データを失うことになる。ただちにデータ復旧の専門会社を探した。何社かには「それは無理」と断られた。ようやく遠く離れた九州の会社に依頼することができ,事なきを得た。

 水害や地震などに被災すると,多くのサーバーやパソコンが被害を受ける。ハードウエアやパッケージ・ソフトは替えが利く。だが,顧客データ,生産データなどは,バックアップを取っていなければ消失するしかない。だから,本当に壊れたら困るのはハードディスク・ドライブ(HDD)である。データのバックアップを取っていない,取っていても古い,バックアップごと被災する,というケースは意外に多い。そして,災害は忘れた頃にやってくる。

 被災したHDDからはどの程度データを復旧できるのだろうか――。

 そのような素朴な疑問から,検証ラボ「被災したHDDからデータを復旧できるか」という記事を以前企画した。データを格納したHDDに物理的なダメージを与え,何%のデータを復旧できるかを試すというものだ。実験には,アドバンスドテクノロジーという専門会社に協力してもらった。

 記事はお陰さまで好評を博したが,この記事を見た読者から「実際にサーバ等で稼動させ、稼働中の災害シミュレーションで検証すべきと思いました。これは地震のみならず、水害、火災すべての災害にいえると思いますが、いかがですか?」とのコメントを頂戴した。もっともである。

 そこで,今度は稼働中のHDDにダメージを与え,どの程度データを復旧できるかを検証するという記事を企画することにした。前回同様,アドバンスドテクノロジーの協力を得て実験が終わり,今,執筆している最中である。同じような衝撃を与えても,稼働中のHDDは停止中のHDDとはまた違ったダメージを受けることが分かって興味深かった。

 一つ感じたのは,HDDが意外に強いと言うことである。強いという言い方は,語弊があるかもしれない。正確に言えば,HDDが見た目にひどい状態になっていても,データはかなり残っている。ただ,それをファイルなど意味ある形にして取り出すことがひどく困難なのだということである。

 (筆者にも経験があるが)操作ミスで誤って消去したデータの場合,自力ではデータを復旧できないが,市販のデータ復旧ツールを使うと案外簡単に取り出せる。物理的な損傷の場合にはそのような便利なツールがない。そのため,専門会社の技術者はHDDを分解し,清掃し,部品を交換し,ズレを補正し…といった作業をしていくのである。

 データをどの程度復旧できるかということは,実は一概には言えない。時間と費用をかけるほど,復旧できる割合は増える。費用を10倍かければ,40%しか復旧できないHDDでも70%までは復旧できそうだというケースもあるという。容認できる時間と費用の兼ね合いで,その割合は決まる。また,専門会社の技術力によっても,復旧できる範囲は変わる。

 詳しい検証結果は「日経SYSTEMS」2008年10月号に掲載する。楽しみにしてほしい。