前回は,パブリシティ権の主体の問題(物にパブリシティ権が認められるか)を中心に取り上げました。今回はパブリシティ権の譲渡性,保護期間および保護態様の問題を検討していきたいと思います。

契約ごとに異なるパブリシティ権の譲渡内容

 パブリシティ権の本質は,どちらかというと顧客誘引力という財産価値に重きが置かれており,権利は譲渡できると考えられています(もちろん人格権に重きを置くのであれば,譲渡できないという考えに結び付きます)。実際に,芸能人とプロダクションの間のマネジメント専属契約等で,専属契約の内容として肖像や氏名のパブリシティ権が譲渡されているようです。

 ただ,「譲渡」というと全ての権利がプロダクション側に移転するようにも思えますが,どのような権利が譲渡されているのかは当然,契約ごとに異なります。プロダクションではなく,芸能人本人が訴訟原告となることも多いので,すべてのパブリシティ権が譲渡されているわけではなさそうです。従って,これらの権利の譲渡を受ける場合には,どのような内容の権利を譲り受けるのか慎重に考える必要があります。

パブリシティの死後存続期間について明確な判例はない

 パブリシティ権は明文の法律の規定で定められていないため,その保護期間についても当然ながら法律の定めはありません。

 米国では,パブリシティ権の死後存続について,州法で存続期間を定めている場合もある(20年から100年までさまざま)ようです(注1)。しかし,日本ではパブリシティ権の保護期間について明確に判断した判例はなく,学説もさまざまです。

 パブリシティ権の本質を人格権的なものと捉えると,人格の消滅(死亡)によりパブリシティ権も消滅すると考えることと親和性があります。これに対して,パブリシティ権の本質を顧客吸引力にあると考える立場は,パブリシティ権の主体が死亡したとしても顧客誘引力が残っているのであれば,死亡したというだけでは権利が消滅しないという考え方につながります。ただ,必ずしも本質論だけで決着のつくものではないようで,さまざまな見解がとられています。

 パブリシティの主体が亡くなったからといって,その顧客誘引力がすぐ無くなるものではありません。そうである以上,死亡即権利消滅という考えは非現実的だと思います。ただ,いつまで存続させるのかというのは,なかなか悩ましい問題です。

 著作権の場合,著作権(財産権)は原則,著作者の死後50年とし,著作者人格権は消滅しない(ただし,民事上この権利を行使できるのは配偶者と二親等以内の親族に限られる)という保護期間になっています。これと均衡を取るという考え方もあり得るのでしょうが,解釈論としては難しいように思います。

 結局のところ,立法的な解決が取られない限り,「×年が経過したら権利がなくなる」というような明確な基準は出てきません。あとは経過年数や顧客誘引力がどの程度残っているのかなどを総合的に考慮して,権利行使を認めるかどうかが判断されることになるのでしょう。

書籍・雑誌での使用は表現の自由との調整で判断が分かれる

 保護態様の問題とは,例えば,有名人の肖像を無断で掲載する行為すべてがパブリシティ権侵害となるのかという問題です。一般的には商業的に利用された場合に,パブリシティ権の侵害が認められるとされています。しかし,その限界は必ずしも明確なものではありません。

 ほぼ間違いなくパブリシティ権侵害が認められるのは,広告宣伝および商品への氏名・肖像の無許諾使用です。例えば,英国の子役俳優であるマーク・レスターの氏名・肖像をテレビコマーシャルに使用したもの,おニャン子クラブ・メンバーのテレホンカードなどで,氏名・肖像の使用がパブリシティ権侵害と認定された判例があります。

 他方,書籍,雑誌での使用については,表現の自由との調整が問題となりますので,判断が分かれます。例えば,著名な英国のロックグループ「キングクリムゾン」の評伝(題号「キングクリムゾン」書籍カバーにアルバムのジャケットデザインを使用)について,「氏名,肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とする行為であるということはできない」としてパブリシティ権侵害を否定した判決があります(注2)

 同判決は,「他人の氏名,肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは,他人の氏名,肖像等を使用する目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して,右使用が他人の氏名,肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とするものであるといえるか否かにより判断すべきもの」と,使用態様等を総合的に考慮してパブリシティ権の侵害を判断すべきとしています。

 他の判決においても,総合的に判断すべきという点では同様ですが,判決によって重視している事情は異なります。特に,雑誌への無許諾での氏名・肖像利用については,事案により判断が分かれています。

 雑誌「ブブカスペシャル7」に掲載された芸能人の写真(路上通行中の写真,通学中の写真等)については,プライバシー権及びパブリシティ権侵害を認めた判決(ブブカアイドル第一次事件高裁判決)があります(注3)。その一方で,翌年発行された雑誌ブブカについて,「著名人としての顧客誘引力があることだけを根拠にしては,著名人に関する情報発信を著名人自らが制限し,又はコントロールできる権利があるとはいえない」としてパブリシティ権侵害を否定した判決(ブブカアイドル第二次事件地裁判決。ただし,名誉毀損は肯定)もあります(注4)。同種内容の雑誌でも,判断が分かれています。

 最近でも,「ピンク・レディーdeダイエット」と題する記事中で,ピンク・レディーの歌唱中の写真等を掲載したと言う事案で,写真の利用が「必然的に原告らの顧客吸引力が本件記事に反映することがあったとしても,それらの使用が原告らの顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的としたものと認めることはできない」として,パブリシティ権侵害を否定した判決が出ました(注5)

 このように,パブリシティ権の内容や保護範囲は,現状では明確であるとは言い難い状態です。書籍,雑誌というある程度慣行が確立していると思われている媒体ですら,この状態ですから,ネットでの使用等において,その限界は必ずしも明らかではありません。また,いくつかの判例でも認定されているように,有名人についてはパブリシティ権だけでなく,肖像権侵害が成立することもあります。コンテンツの流通促進という観点からは著作権に焦点が当たりがちですが,肖像権,パブリシティ権についても,立法的な手当も含めて対応が必要になっていると考えます。

(注1)内藤篤・田代貞之「パブリシティ権概説」第2版290頁
(注2)東京高判平成11年2月24日(地裁判決は反対の結論)。同様に,サッカーの中田英寿選手の無許諾での評伝本に関し,プライバシー侵害は認めたものの,もっぱら顧客誘引力を利用するものではないとしてパブリシティ権侵害を否定した判決もあります(東京地判平成12年2月29日,東京高判平成12年12月25日)
(注3)東京高判平成18年4月26日
(注4)東京地判平成17年8月31日
(注5)東京地判平成20年7月4日

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。