今回は,そもそもネット法のような特別法でコンテンツの流通促進を図ることが良いのかという問題を検討します。

 コンテンツ流通促進のための法改正の方向は,大きく二つあります。一つは著作権法の改正により対応しようとする方向,もう一つがネット法のような特別法を制定するという方向です。

 ネット法の提唱団体である「デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム」(以下,「有識者フォーラム」)自身が公表している「皆様からお寄せいただいたご意見・ご質問への回答」でも,コンテンツ流通促進は著作権法の抜本改正によるべきではないかとして,次のような質問が掲載されています。

Q8. 問題解決のためには,新法の立法ではなく,著作権法の改正によるべきではないか。現行著作権法は既に時代に即したものではなくなっており,著作者人格権や著作隣接権等の強すぎる権利を報酬請求権化する等,抜本的な改革が必要ではないか。

 これに対する有識者フォーラムの回答(注1)は,次のようなものです。

  1. ネット上を流通するデジタル・コンテンツ以外の伝統的な著作物について既存の取引秩序に変更を加えることには,なお慎重な議論が必要
  2. デジタル・コンテンツに関する権利は著作権法上の権利に限られない。商標権や意匠権,法律上明文の定めのない肖像権やパブリシティ権等も関係し,著作権法のみの改正によって対応できるものではない
  3. 著作権法の抜本改正については,議論が積み重ねられているが,目立った成果がない

 このうち1の,「伝統的な著作物の取引秩序に変更を加えることには慎重な議論が必要」というのは,そのとおりだと思います。著作物といってもさまざまな種類のものがあります。しかも,著作権法では登録不要で権利が発生しますので,著作権で保護されるコンテンツは結果的にかなりの数に上ることになります(ブログや掲示板の書き込みも著作物ですから,それだけでも相当な数になります)。他方,商業的に成り立つようなコンテンツは著作物の全体の数からすればごく少数であり,流通促進というどちらかというと商業ベースの話から,著作物全体に関わるような改正をしてしまうのは少し乱暴な気がします(注2)

特別法のメリットは著作権以外の権利関係の問題処理

 ネット法という特別法を制定する一番のメリットは,2の「著作権以外の権利関係の問題処理」ではないかと思います。例えば,著作者人格権の問題について著作権法改正で対応したとしても,人格権由来の肖像権,パブリッシティ権といった権利がそのままであれば,権利処理の構造は現状と変わらないと考えられるからです。ただし,ネット法もさまざまな権利を具体的にどのように処理するかまでは提示していません。肖像権等の法律上明文の定めのない権利をどのような枠組みで処理するのかは,慎重な検討が必要になるでしょう。

 3の「著作権法の抜本改正で目立った成果がない」という点も,特別法を考慮せざるを得ない理由でしょう。著作権法の改正は,前回紹介したフェアユース規定の導入については少し動き始めているようですが,これも議論が具体的になってくると反対論が強くなるかもしれません。

 先ほども指摘しましたが,著作物の範囲は広く,著作権法の利害関係者は数多く存在します。従って,非商業的な著作物にも影響を与えるような根本的な著作権法の改正は,弊害が大きいと考えられます。他方,この弊害を避けるために,著作権法の中で商業的な著作物と非商業的な著作物を分けるような立法を行うとすれば,特別法を制定するのとそれほど違いはないでしょう。

 最後に,ネット法に対する私の評価を述べさせていただきます。まず,特別法という形での処理の方向性については基本的に賛成します。しかしその一方で,ネット権を特定の事業者に認めるという処理の枠組みは,支配的な事業者を新たに創ることになってしまうだけではないのか,本当に流通促進につながるのか,という疑問が残ります。

 また,コンテンツの適用範囲がネットに流通するコンテンツだけでよいのかどうか,さらに検証する必要があると思います。確かに,コンテンツをどのように分類するかは難しい問題ですから,ネットという切り口での分類は一つの割り切り方として良い面もあります。それでも,権利処理がコンテンツビジネスで権利処理で弊害が生じているのはネットだけではありません。ネットだけを先行させる理由がないように思えます。

 しかしながら,ネット法という形でコンテンツ流通促進の法改正をある程度具体的に提唱したこと自体は,有意義なものであり,私は評価すべきことだと考えています。これを機にいろいろな対案がでてくるなど,さらに議論が深まってほしいと思います。

(注1)デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムの「皆様からお寄せいただいたご意見・ご質問への回答」の5頁
(注2)どのような形で著作権法を改正するのかにもよります

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。