今回は,ネット法で提唱されているもののうち,フェア・ユース規定の導入の問題を取り上げ,検討したいと思います。

 ネット法でのフェア・ユース規定の導入について,デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムは政策提言において,以下のように言及しています。

 インターネット上でのデジタル・コンテンツの利用については,条文上に具体的に状況を定める規定がなくとも,合理的な範囲内で,権利者の権利行使を制限する規定を設ける。すなわち,(現行著作権法30 条以下のように)個別に規定された条項に該当しない場合でも,使用目的やコンテンツの性格等に鑑み,その使用が公正であるといえる場合(いわゆる「フェア・ユース」=「公正な使用」の場合)には,適法に使用が可能であることを明記する。これにより,例えば,著作者人格権,実演家人格権を盾にとった不合理な権利侵害主張等に対して,適切に対応することが可能となる。このようなフェア・ユース規定の下においても,肖像権に代表される人格的利益の保護は,合理的な範囲で十分に維持できるものと考えられる。

 著作権法へのフェア・ユース規定の導入は,これまでも論じられてきた問題ですが,同フォーラムの提言には次のような特徴があります。

 まず,ネット法としてのフェア・ユース規定導入ということで,対象をあくまで「インターネット上でのデジタル・コンテンツの利用」に限定しており,ネット以外でのコンテンツ利用に関するフェア・ユースを認めるものではありません。次に,「肖像権に代表される人格的利益の保護」についても言及がなされていますので,肖像権やパブリシティ権も包含する形でフェア・ユース規定の導入を図ることを前提にしていると考えられます。

フェア・ユース規定が新しい技術を著作権から守ることも

 そもそもフェア・ユース規定とは,利用目的やコンテンツの性格等に照らして,著作物の利用が公正であるといえる場合には,著作権侵害にならないとする規定です。米国著作権法では107条でフェア・ユース規定が設けられています。米国著作権法のフェア・ユース規定では次のようなファクターを考慮して,フェア・ユースに該当するかどうかを判断します。

  1. 利用の目的および性格(利用が商業的な性格を有するか,または非営利の教育目的であるのかということを含む)
  2. 著作物の性格
  3. 著作物全体との関連における利用された部分の量および本質性
  4. 著作物の潜在的な市場または価値に対して利用が与える効果

 ネット法の政策提言でも触れられているように,米国のソニー・ベータマックス事件では,米国最高裁判所がフェア・ユースの理論に基づき著作権侵害を否定したことで,家庭用録画再生機が普及しました。このように,フェア・ユース規定は著作権が新しい技術をつぶすことを防ぐ役割も果たしているのです。

 現在の日本の著作権法には,このような形で一般的に著作物の公正利用について認める根拠規定はありません。権利制限規定を列挙する形で,個別に著作権侵害とならない場合を定めており,「第五款 著作権の制限」第30条「私的使用のための複製」以降で個別に著作権侵害とならないケースが提示されています。この権利制限規定は比較的厳格に解釈されていますので,権利制限規定に定められていない無許諾の著作物の利用は著作権侵害となる可能性が高いことになります。

 もちろん,権利制限規定に定められていない無許諾の著作物の利用であっても,著作権者の権利行使が権利濫用(民法1条3項)にあたるとして,違法にならないと解釈される余地はあります。ただ,「濫用」と言えるためのハードルは低くはありません。

IT技術の進展に追いつけない法改正のプロセス

 権利制限規定で定められている事項は,時代の変化に応じて追加・変更されており,著作物の保護と利用のバランスの修正が,全く行われていないわけではありません。しかし,ネット利用の分野では権利制限規定の事項追加に時間がかかりすぎています。

 例えば現在,権利制限規定の追加が予定されているものの一つに,検索エンジンに関するものがあります(注1)。現行の著作権法では,検索エンジンによる著作物の複製行為等は違法になる可能性があります。このため検索用のサーバーを国内に置くことができず,我が国における検索エンジン・サービスの発展は阻害されています。

 文化審議会著作権分科会の法制問題小委員会ではこれを問題として,検索エンジンを合法化すべく権利制限化を図ろうとしているのですが,国内外の検索エンジンサービスのシェアからすれば,すでに手遅れという感じは否めません。現在のIT技術の進展のスピードに対して,法改正のプロセスは年単位の時間がかかります。著作権法の権利制限規定の改正という対応では,技術の進展を阻害しかねないわけです。

 もちろん,個別列挙による権利制限規定にはメリットもあります。それは,どのような場合に著作権侵害にならないかが比較的明確になるということです。合法なのか違法なのかが明確であるということは,著作物を利用して活動しようとする者にとって重要なことです。とりわけ,著作権侵害には刑罰による制裁が伴うことを考えると,重要なことです。

 フェア・ユース規定を導入したからといって,権利制限規定をなくすのではなく,フェア・ユース規定を補完的に導入するのであれば,導入による弊害はそれほどないでしょう。一番良い循環としては,フェア・ユース規定を利用して,判例法上合法とされたもののうちから,権利制限規定化を行うというやり方が考えられます。

フェア・ユース規定だけでは合法・違法は明確にならない

 フェア・ユース規定の導入には,批判的な意見もあります。まず,フェア・ユース規定だけでは,何が合法で何が違法であるのかが明確にならないという指摘があります(裁判で決着をつける必要がある)。このため,フェア・ユース規定を導入しても新しい技術の普及促進にはつながらない,あるいは,フェア・ユース規定では判例の積み重ねが重要なのに,米国と違って日本では判例がそれほど蓄積しないのではないかといった懸念が残ります。

 確かに,フェア・ユース規定の導入ですべてが解決するわけではないことは確かでしょう。ただ,これまでは著作権法の権利制限規定で認められていない行為については,ほぼ違法であるという判断に流れがちでした。これらが合法となる余地が出てくるだけでも,実務上はインパクトが大きいように思います。過大な期待はできないものの,フェア・ユース規定が全くない場合と比較すれば,大きな前進ではないかと考えます。

 このほか,フェア・ユース規定の導入が,著作権者の権利を侵害するのではないかという批判もあるようです。しかし,フェア・ユース規定は権利者の利益の侵害の程度が低く,他の利益が優越する場合に限って許諾なしに著作物の利用を認めようとするものであって,この批判はあたらないのではないかと考えます。現段階ではネット法の政策提言を含めて,どのような要件でフェア・ユースを認めるのかは明らかではありませんが,権利者の利益と利用者の利益のバランスは当然考慮しなければなりません。

 現在,知的財産戦略本部(注2)が著作権法の改正によるフェア・ユース規定の導入に向けて,実際に動き始めているようです。ネット法では前述のようにネットにおける著作物利用の範囲でフェア・ユース規定の導入を考えているようですが,権利制限規定による硬直化の問題はネットに限ったことではありません(注3)。著作権全体に適用されるものとして制定されるべきだと思われます(注4)

 他方,ネット法では,肖像権についてもフェア・ユース規定の導入を図ろうとしています。方向性としては導入が望ましいと思うのですが,肖像権等については,著作権と根本的に性質が異なるところがありますから,その考慮要素については慎重な検討が必要でしょう。

(注1)この点については本コラム「平成19年度著作権法改正の動向(4)権利制限規定で検索エンジンの法的リスク回避を検討」で紹介しています
(注2)デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会(第3回)の検討経過報告でも,フェア・ユースの問題(包括的権利制限規定の導入)について言及されています
(注3)視覚障害者のための無許諾の録音図書の作成,聴覚障害者のための無許諾での字幕や手話の付加の問題などがあります
(注4)この点については,おそらくネット法の提唱者も異論はないと思われます。著作権法によるフェア・ユース規定の導入が難しいとの判断の下にネット法での導入を目指したのではないでしょうか

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。