日経コンピュータ2007年2月5日号の記事を掲載しています。原則として執筆時の情報に基づいており現在は状況が若干変わっている可能性がありますが、BCP策定を考える企業にとって有益な情報であることは変わりません。最新状況は本サイトで更新していく予定です。

 導入編で見たように、BCPの策定においてIT部門は、自社システムの対応でコストや期間のハードルを下げる役割を担う。さらに最近では、別の観点で BCP策定に寄与するケースが出てきた。非常事態であっても的確な判断を下せるよう、ITで支援するのだ。ニーズの高まりから、対策製品やサービスも充実してきている。

被災地と双方向で情報共有

 企業が非常事態を宣言しBCPを発動したり、システムをバックアップに切り替えるには「決断」がいる。今回取材したIT部門の責任者は「判断が極めて難しい」と口をそろえる。そこで、特に地震や台風といった自然災害を対象に、判断基準を提供するシステムを構築する企業が登場している。

 その一社が、INAXだ。同社は2005年7月、本部での判断を支援するためのWebベースの情報共有システムを構築した。大地震の発生や台風の発生時にはシステムを起動。本社や現地の社員が、操業状態や電気やガスなど社会インフラの稼働状況を入力する。その結果は、全国の社員がWebブラウザで閲覧できる。「営業部員が見れば工場の停止を知って顧客対応を的確にできるし、本社から現地の状況を知って判断の精度が上げられる」(INAX経営管理本部安全・防災推進室の奥田實嗣室長)。

 システム起動のトリガーも決めてある。台風であれば、太平洋上に設定したラインを越えたらシステムを立ち上げる。もちろん被害が予測される地域の社員は、情報システムや物流などBCPに必要な要員以外は帰宅させるといったルールも決めている。

 セブン─イレブン・ジャパンは、本部側で全国1万1500店舗の電源状況を常に監視している。“異常”を早期に把握することが目的だ。店舗にはサーバーと非常灯を短時間稼働させるための無停電電源装置(UPS)を備えている。非常時には、商用電源からUPSへ切り替わるが、このイベントを本部側で知ることができるのである。

 2004年10月に起きた新潟県中越地震の際、この仕組みが生きた。UPSの情報と報道などを基に、被災地に派遣するヘリコプターの確保を即決できたという。佐藤執行役員は、「セブン銀行と話し合って、店内の現金自動預け払い機(ATM)のカメラで店舗の被災状況をより正確に把握する」という構想も描いている。

地震を先回りして「防備モード」に

写真2●宮城沖電気が導入した緊急地震速報システム
判定基準を超えると、工場設備を防備モードに切り替える
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 地震の被害を減らすことに一定の効果があると期待されているのが、「緊急地震速報」だ。

 この速報は、地震の震源地から到達する「P波(初期微動)」と「S波(主要動)」の伝わる速度が異なる特徴を利用したもの。大きな被害をもたらすのはS 波だが、その前にP波が到達するため、「あと10秒で震度6の地震が来ます」といった警報情報を速報できる。気象庁が設置した速報地震計で観測し、配信機関に提供。同機関が通信ネットワークを通じて企業や団体に警告を伝える。気象庁によれば、1月中旬時点で「317の会社や団体が受信している」という。

 この緊急地震速報をシステムと連携させて、地震の被害を減らそうという企業が出ている。デンソーやミツミ電機、宮城沖電気がそうだ。速報の情報をトリガーに、自社の設備における揺れと被害をリアルタイムに判定。あらかじめ設定した条件に基づいて従業員への危険を告知すると同時に、工場のシステムを制御する。

 宮城沖電気は、発生が近いといわれる宮城沖での大地震に備えている。同社は2003年の宮城県沖地震で約30億円の損失を出した。新潟県中越地震では、新潟三洋電子(当時)の半導体工場が数百億円規模の損害を出したのも記憶に新しい。これらの教訓を基に宮城沖電気は、一定以上の被害と予測すると、半導体の製造装置や搬送設備を停止させ、ガスやボイラーの元栓を締める、といったシステムを構築した(写真2)。同社の1日当たりの売り上げは1億円弱。操業開始を1日でも早めれば、構築に投じた約4000万円を取り戻せる計算である。

顧客建物の被害を予測

 清水建設は顧客建物の被害予測に活用するシステムを用意した。そのシステムは、二つの機能で構成している。

 一つは顧客建物の情報を電子地図上に表示するもの。担当社員に支援が必要な顧客へ駆けつけるように指示を出したり、駆けつけた先で被災状況を入力して社員間で情報が共有できるようにしている。二つ目は、緊急地震速報と連携して緊急度などを提示する機能だ。速報結果と顧客建物の構造などを照らし合わせ、地図上に情報を表示する(図10)。社員が被災した建築主のビルの早期復旧に取りかかれるようにするのが目的だ。

図10●清水建設による緊急地震速報の活用
地震データを受信し顧客の建物への影響を分析。担当者が情報を基に現場に急行する
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 同社で全社BCPを策定している総合企画部の山本亘副部長は、「関東だけでも1万5000もの顧客の建物がある。我々のBCPとして、これらの復旧作業を適切に行うには人手では限界がある」とITの必要性を説明する。もちろんBCPの効果を上げるには、顧客との調整も重要だ。「BCPを策定している顧客には、どの拠点がプロセスを継続させるために重要か聞いている。被害が小さくても、より重要な拠点に急行することが求められる」(山本副部長)。

 これらのシステムは今年3月をめどに携帯電話からも利用できるようにする計画だ。「1日24時間で見れば、およそ3分の2は社外にいる。外出先や自宅でも情報を共有できるようにすれば、システムの活用は大きく進むはず。システム・ダウンに備えて紙の情報も用意している」(情報システム部の川口秀樹主査)。