地震が来る10数秒前に、予想される震度と到達までの時間を知らせてもらい、社員を待避させ、設備の安全対策を施す。気象庁が2006年中にも本格運用する「緊急地震速報」で実現する。先進企業は、速報される情報を自社システムに連動させる仕組みを作り始めている。

日経コンピュータ2006年5月15日号の記事をそのまま掲載しています。執筆時の情報に基づいており現在は状況が若干変わっていますが、BCP策定を考える企業にとって有益な情報であることは変わりません。最新状況は本サイトで更新していく予定です。

 「地震が来ます、安全を確保してください」

 工場内に放送が流れると、工員たちは直ちにデスクの下に隠れるなど、地震に備えた行動をとった。メモリーやシステムLSIの注文をさばくため、工場では900人の社員が勤務していた。同時に、工場設備自身が“退避”を始めた。震度5弱以上の地震の場合、最終的にほとんどの装置を止めてしまう。

 薬品やガスを充填したボンベの元栓、水供給設備の元栓については、自動的に締め上げる。電気制御で動く栓を採用しているからだ。工場内の天井近くを行き来していた自動搬送機も止める。こうして、揺れによる薬品やガスの流出、引火、器物の落下といった2次災害を防ぐ。

 工場の中核設備である半導体製造装置は、半導体ウエハーを乗せて移動する台の移動速度を徐々に遅くし、必要があれば最終的に止める。揺れにより台が半導体を露光するレンズに激突し、レンズを壊してしまうのを防ぐためだ。

 地震が来る前に設備を停止させ、被害を最小にする、この工場は仙台市の北、約25kmの黒川郡にある。宮城沖電気の本社兼半導体工場だ。同社は工場内機器を自動制御するための工事に取り組んでおり、6月までに自律的に地震対策をとる体制へ移行する。それ以降は、震度5弱程度(120ガル)よりも大きな地震に見舞われると分かった時から、紹介したような“自律的防御”を始める。

 「ガル」とは加速度の単位で、揺れの強さを示す。気象庁が発表する「震度」は、ガルを基にして人間が感じる揺れを数値で表したものだ。宮城沖電気の工場内の地震計は揺れをガルの単位で計測し、その値に対して設備を止めるかどうかの条件を設定している。ただし、記事内では理解しやすくするため、ガルの値を震度に換算して記した。

 地震の到来がなぜ分かるのか。地震には大きく二通りの地震波があり、それぞれ速度が違う。この性質をうまく利用すると、地震が来る前に、現地へ速報できる。

 その理論はこうだ。最初に来る「P波(初期微動)」をキャッチする。P波は毎秒7k~8km進む。P波に続いて大きな被害をもたらす「S波(主要動)」が到来するが、S波の速度は毎秒3k~4kmとP波より遅い。P波をキャッチして、その旨を現地へ伝送すれば、S波の到着前に告知できるわけだ。震源近くで地震の発生を観測できれば、各地域に対して地震情報を、大揺れの前に伝えられる(図1)。

図1●「緊急地震速報」による警報受信のタイミング
図1●「緊急地震速報」による警報受信のタイミング
「緊急地震速報」は、揺れが起こる前に予想震度と到達までの時間を伝達する。企業は、大きな揺れを引き起こすS波が襲来する10数秒程度前に、生産ラインを止めるなどの手を打てる。画面は明星電気が2004年10月の新潟県中越地震の際、茨城県の同社工場内で受信した緊急地震速報。警報を表示する映像端末はNTT東日本のテレビ電話機「フレッツフォン」  [画像のクリックで拡大表示]

 この理論を使って、気象庁は「緊急地震速報」サービスを提供している。気象庁と防災科学研究所が全国各地に置いている約1000個の速報用地震計が時々刻々、地震情報を収集し、東京・大手町の気象庁に伝送する。気象庁は集まったデータをスーパーコンピュータで処理し、地震があった場合の震度や震源を素早く割り出す。結果は専用線やインターネット、衛星回線などを介して利用者へ配信する。

 宮城沖電気は、このサービスを利用し、大きく揺れる数秒から10数秒前に、予想される震度を知る体制をとっている。

 10数秒は短いように感じるが、設備の被害を抑える対策を講じるには十分だ。宮城沖電気の吉岡献太郎社長は、「1秒あれば有毒ガスのバルブを閉められる」と語る。

 さらに宮城沖電気は、気象庁の緊急地震速報サービスに加え、工場内に3個の地震計を設置し、独自にP波を観測している(図2)。

宮城沖電気が6月から本格運用する地震対策システム
図2●宮城沖電気が6月から本格運用する地震対策システム
気象庁からの「緊急地震速報」に加え、工場内に置いたP波地震計を利用して、警報放送を流したり設備を停止するなど、各種の対策を実行する  [画像のクリックで拡大表示]

ぎりぎりまで待って設備を止める

 新しい仕組みが導入される6月以降、同社の地震対策は次のようになる。震度5弱程度(120ガル)以上の地震が来るという緊急地震速報を受信し、なおかつ同社の複数の地震計がP波を感知した場合、「インフラ設備」と「製造設備」を一斉に停止する。インフラ設備とは、製造設備である半導体製造装置を動かすために保有しているボイラー、ガス、薬品ボンベ、水供給設備などだ。

写真1●宮城沖電気が全社員に配布している緊急時の行動基準
写真1●宮城沖電気が全社員に配布している緊急時の行動基準
2005年12月、緊急地震速報が発報された際の項目を追加した

 震度データは工場内に置いたコンピュータに集められ、しきい値を超えるなどの条件を満たしたら、あらかじめ設定しておいた設備や機器に停止信号を送る。

 2006年9月には、さらに新たな仕組みを導入する。自社の地震計で観測したP波から震度5強程度(250ガル)以上のS波が襲ってくると予測できた場合、すべての装置を一斉に停めるようにする。

 工員の安全確保にも怠りない。震度4~5弱程度(80ガル)以上の地震が予測されると、安全確保を求める放送が流れ、工員は退避行動に入る。これは放送だけで、設備を自動的に制御する仕組みが不要なので、同社は設備の制御に先立って2005年12月から、この放送体制をとっている。

 一連の地震対策を滞りなく進めるために、工員が罹災時にとるべき行動を記した冊子も配布済みだ(写真1)。年に1回実施している防災訓練においても、緊急地震速報の警報放送を起点とした対応策を一通り実施している。

操業回復を早めて投資を回収

 宮城沖電気がきめの細かい対応をとるのは、「地震で設備を止めないといけないが、できればぎりぎりまで動かしたい」という考えがあるからだ。

 半導体製造装置は一度止めると再度操業するまで4~6時間かかる。宮城沖電気の売上高は、1日にならすと1億円弱。半導体製造装置を4時間止めただけで1000万円以上の減収になってしまう計算だ。

 といって動かし続けたことにより装置を破損してしまうと、再操業までに時間がかかり損害が大きくなる。一般に、「半導体製造装置を含む工場設備の修復には、震度5強の地震で3~10日、震度6弱で20~120日、震度6強で40~240日といった期間が必要となる」(沖電気広報)。

 緊急地震速報サービスや工場の地震計による防御対策によって、ぎりぎりまで装置を動かす一方、装置の破損を最小限に抑え、操業回復を1日でも早められれば、1億円弱の売り上げを取り戻したことになる。

 今回の地震対策システムへの投資は約4000万円。同社の売り上げからすると、操業停止を1日短縮するだけで投資を回収できるわけだ。

後編に続く