写真●PHSユーザーに配布している携帯電話への移行優遇措置の案内状およびクーポン券
写真●PHSユーザーに配布している携帯電話への移行優遇措置の案内状およびクーポン券
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 「携帯電話機が全機種タダ」「契約事務手数料は無料」「電話番号の下4ケタも自由に選べる」──。

 これはNTTドコモが携帯電話の新規契約に際して実施している,“あるキャンペーン”の内容である。「FOMA」「mova」にかかわらず全機種の携帯電話機購入代金,契約時に必要な3150円の事務手数料,通常は315円かかる「番号えらべるサービス」手数料の,いずれもが無料になる。つまり全部タダなのだ。このソフトバンクモバイルもビックリの「全部タダ」新規加入キャンペーンの対象者は,現在,NTTドコモのPHSに加入しているユーザーである(写真)。

 NTTドコモは2007年4月27日,「2008年1月7日をもってPHSサービスを終了する」と発表した。同社は2005年4月にPHSの新規申し込みを停止し,2006年1月には,2007年度第3四半期をメドにサービスを終了すると発表していた。新規申し込みを停止した際には,FOMA端末の購入時に最大2万円を割り引くクーポン券を既存ユーザーに配布するなど,NTTドコモはこれまで様々な携帯電話への移行優遇措置を講じている。その優遇策もついに来るところまで来たといった感じだ。「お金は一切いただきません。お願いですから携帯電話に移ってください」とでも言っているようなものである。

 これまで約2年間かけてPHSの終了を周知し,移行優遇策を打ってきたものの,NTTドコモのPHSには2007年5月末時点でまだ40万2400の契約者が残っている。この40万のユーザーは,2008年1月7日までに身の振り方を考えなければならない。

 NTTドコモが,上記のような「全部タダ」の移行優遇措置を講じたり,64kビット/秒の定額データ通信サービス「@FreeD」の代替サービスを2007年10月以降に始めることを発表する(関連記事)など,PHSユーザーがなるべく不利にならないように様々な策を打っていることは評価に値する。だが筆者は,これだけでは不十分だと感じている。同じPHSサービスであるウィルコムへの移行優遇措置が,いまだに何も発表されていないからだ。

 NTTドコモは4月27日の発表時点で,「ウィルコムへの案内についても準備を進めている」としていた。同日にウィルコムも,「NTTドコモと準備を進めている」ことを明らかにしている。しかし2カ月近くたった今も,NTTドコモからウィルコムへの移行優遇措置は,まったく明らかになっていない。

NTTドコモからウィルコムへの同番移行は技術的には難しくない

 筆者がウィルコムへの移行優遇措置を重視するのは,「同番移行」ができる可能性が高いからである。070で始まるPHS番号を,そのままウィルコムのPHSサービスでも使い続けられるということだ。今回のPHSサービス終了に関して言えば,技術的には比較的容易にウィルコムに同じ電話番号を引き継ぐことができると筆者は見ている。移行元の携帯電話事業者が移行先事業者に関する情報を参照して呼をルーティングし直したりするなど,仕組みの複雑な携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)とは根本的に異なる(関連記事)。

 PHSの電話番号は,なぜ比較的容易にウィルコムへ引き継げるのか。PHSの電話番号のうち,070に続く3ケタは事業者の識別に使われる番号。これまでNTTドコモとして認識されていたこの3ケタの事業者番号を,各通信事業者の交換機でウィルコムのものと解釈を変えれば,そのままウィルコムにルーティングできるというわけである。それどころか,NTTドコモがサービスを停止すると,PHSを提供する事業者はウィルコム・グループだけになる(ウィルコムとウィルコム沖縄の2社)。つまり「070で始まるPHS番号=ウィルコム」という解釈で済むようになるのだ。

 ウィルコムへの移行優遇措置について,NTTドコモは「検討を続けているが,具体的にはまだ何も決まっていない」(広報部)としている。同番移行については,「技術的には可能だが,制度などの面で難しい点が残っている」(同)という。具体的には,(1)電話番号はサービス停止とともに総務省に返却しなければならない,(2)NTT東西地域会社をはじめ関係する各事業者を含めて協議しなければならず,NTTドコモとウィルコムだけでは決められない,という点を挙げる。

 しかし番号を返却するといっても,前述のように,070の番号体系を使う事業者はもはやウィルコムだけになる。返却しても,ほかに使い道があるとは思えない。しかもPHSの同番移行には前例がある。今回とは異なる事業譲渡という形だったとはいえ,アステル沖縄がサービスを中止した際には,電話番号とともにそのままウィルコム沖縄へ譲渡した。

 また各事業者との協議にしても,サービスを停止すると決めたのは2年以上も前のこと。いまさら話し合いに時間がかかるという理由は通用しないだろう。

 5月の携帯電話純増数ではソフトバンクが初の首位を獲得し,NTTドコモは3位に沈んだ(関連記事)。「PHSユーザーをできるだけ多く自社の携帯電話に移行させる」と,NTTドコモがもくろんでいることは想像に難くない。とはいえ,月間の純増数では3位になったものの,携帯電話全体の契約者数で見ると,5月末時点で5276万9600の契約者を持つNTTドコモが54%のシェアを握っている。市場全体で見ると,NTTドコモは依然として圧倒的な力を持っているのだ。

 PHSは,採算が合わなくなったと判断したNTTドコモの都合によってサービスを中止するのである。業界のリーダー企業として,ここは速やかに同番移行を含めてウィルコムへの移行優遇措置を発表し,そのうえでユーザーの判断に任せるべきだ。残された時間は半年余りとなった。意志決定のために十分な時間をユーザーに持ってもらうには,そろそろ限界だと言えるだろう。