「知っておきたいIT法律入門」では,ここ3回ほどWinny(ウィニー)による著作権法違反幇助事件の判決文の解説を掲載している。ご存知の方も多いと思うが,ファイル共有ソフトの1つであるWinnyの開発者である金子勇氏が,自身のHPでWinny(正確にはWinny2.0 β 6.47)を公開していたことが著作権法違反行為を幇助したとして,刑事責任を問われている事件の判決である。同連載では,2006年12月23日に京都地裁で出された第一審の判決文を引用しながら,裁判官が有罪(150万円の罰金刑)と判断した理由を解説している。

 ITpro読者の多くは同判決に疑問を感じたようで,判決を報じたニュースに対しては「包丁を使った強盗事件が起きたら,包丁職人も幇助の罪に問われるのか」などの批判が数多く書き込まれていた。特にソフト開発者からは,「このような判決が出されたら,今後PtoPソフトの開発はできなくなってしまう」などの危機感が表明されていた。ITpro Watcherでの小飼弾氏の「極めて不当かつ想定の範囲内の判決」,横山哲也氏の「「Winny裁判」京都地裁判決に思う」も,そうした批判の代表例と言えるだろう。

 IT法律入門で同事件を取り上げたのは,そうした批判の声を踏まえながら,あらためて有罪の根拠が何だったのかを検証してみたかったからである。そこで,2007年3月中旬に判決文が公開されたこともあり,著者の北岡弘章弁護士に執筆を依頼したというわけだ。

グレーな領域では内面を都合よく判断させる“狡猾さ”も必要に

 法律の素人である記者が同判決の解説を読んで驚いたのが,裁判においては被告が犯した罪という“客観的”な事柄だけでなく,被告の内面という“主観的”に判断せざるを得ない事柄も,有罪かどうかを判断する上で,重要な要素になるということだ。詳しくは上記連載をお読みいただきたいのだが,判決文では「違法性を有するかどうかは…(中略)…提供する際の主観的態様如何によると解するべきである」としている。つまり,金子氏がどのような意図を持ってWinnyを公開していたかが,違法性があるかどうかの判断基準になる,としているのである。

 読者からの批判コメントに即して言えば,包丁を使った強盗事件が起きた時,包丁職人が犯人に利用させる意図を持って包丁を作っていたらアウト,料理での利用をメインに考えて包丁を作っている分にはセーフ,ということになるだろう。もちろん包丁の場合,そのほとんどが料理で使われているわけで,裁判官が「包丁職人は料理での利用をメインに考えて包丁を作っている」と主観的に判断するだけの,客観的な材料がある。したがって,包丁職人が幇助の罪に問われることはない。

 これに対してWinny事件では,金子氏のメール送受信記録や掲示板への書き込みなどの客観的材料から,「(金子氏は)著作権を侵害する態様で広く利用されている現状をインターネットや雑誌等を介して十分認識しながらこれを認容」(判決文から引用)と裁判官が主観的に判断した。これが,包丁職人が有罪とならず,金子氏が有罪となった理由である。

 あらためて考えてみれば,主観的な判断が重要な役割を果たすのは,裁判では当たり前のことなのだろう。例えば,明確な意図にもとづいて人を殺せば「殺人罪」,傷つけるだけのつもりが誤って死に至らせたら「傷害致死罪」である。この場合も,被告の内面は犯行前の行動や言動といった客観的な材料にもとづいて,主観的に判断するしかない。

 同事件については,2007年5月22日現在,金子氏と検察の双方が控訴しており,有罪が確定したわけではない。また,解説自体も判決文に即して「裁判所がどのような判断基準で有罪としたか」を扱ったものであり,事件の事実関係やインターネットでのコンテンツ利用における著作権法の不備にまでは踏み込んでいない。それでも,法律の素人からは不合理とも見える今回の判決にいたるロジックを知る上では,参考になるはずだ。

 同じように著作権法違反の舞台として取り沙汰される画像共有サイトのYouTubeでは,コンテンツホルダーからの申し出に応じて,違法コンテンツをすぐに削除するなど「著作権を守るために努力しています」というポーズを示すことで,幇助犯として摘発されることを防いでいる(関連記事)。法律的にグレーなエリアの技術・ビジネスを展開するには,「何を意図していたか」を自分に都合よく判断してもらうためのポーズを示す“狡猾さ”も必要なのだろう。