日本が進めている地上デジタル放送には,地上デジタルテレビジョン放送(地上デジタルテレビ放送)と地上デジタル音声放送(地上デジタルラジオ放送)の2つがある。このうち地上デジタルラジオ放送で採用しているのがISDB-TSBで,Integrated Services Digital Broadcasting - Terrestrial for Sound Broadcastingを略したもの。日本の地上デジタル放送方式の規格であるISDB-Tをベースとしたデジタルラジオの規格である(ワンセグを読み解く基礎知識第3回 地上デジタルラジオのしくみと特徴」参照)。

 地上デジタルラジオ放送は,地上デジタルテレビ放送と同様に,マルチパス妨害対策のため,多重方式にOFDM(orthogonal frequency division multiplex:直交周波数分割多重)を採用している。OFDMは情報を分割し,直交関係にある複数の搬送波で変調し伝送する方式である。セグメントごとに変調方式や誤り訂正符号化率などを変えることができ,最大3階層までの階層伝送が可能になっている。

 地上波放送は衛星放送と異なり,ビルなどの建物からの反射によって生じるマルチパス(遅延波)妨害が発生する。このマルチパス妨害とは,アナログ放送におけるゴースト妨害である。OFDMは信号の劣化させずに復調できるため,マルチパス妨害に強いという特徴がある。そのため,主波以外をマルチパスとして取り扱うことにより,エリアが隣接する場所において,同一周波数による再送中継が可能なSFN(single frequency network:単一周波数ネットワーク=同じ放送を同一周波数で中継伝送したり,複数局で同時放送を行う)方式が可能となり,周波数を有効利用することができる。

 携帯向け地上デジタルテレビ放送「ワンセグ放送」は,13セグメントの内1セグメントを利用し,固定型テレビ向けに放送しているテレビ番組をH.264/ACVにて圧縮してサイマル放送を行っている。一方の地上デジタルラジオ放送にも,1セグメント放送と3セグメント放送がある。

 ISDB-TSBによる地上デジタルラジオ放送では,MPEG2-AAC SBR(Advanced Audio Coding-Spectral Band Replication)で圧縮した音声を中心としたサービスを行う。地上デジタルテレビのワンセグ放送と同様に,MPEG-4 H.264/AVC(Advanced Video Coding)で圧縮した簡易動画も放送できる。さらに,ワンセグ放送では採用されなかった5.1chサラウンド放送も,デジタルラジオ放送の3セグメント放送では提供される予定である。

 データ放送については,ワンセグ放送と同じ放送用記述言語「BML」を採用している(ワンセグの理解を深めるキーワード解説「BML:Broadcasting Markup Language」参照)。

 デジタルラジオ放送の運用規定では,ワンセグ放送との親和性を考慮したプロファイル(P2プロファイル)も用意されている。このため,地上デジタルテレビのワンセグ放送と地上デジタルラジオの1セグメント放送とは互換性が高く,共用受信機の開発が比較的容易である。ユーザーは1台の携帯型端末で地上デジタルテレビと地上デジタルラジオの双方のチャンネルを視聴でき,相乗効果によるサービスの発展が期待されている。

 地上デジタルテレビはUHF帯で送信する。一方,地上デジタルラジオは,2011年7月以降の地上アナログテレビ放送停波後に空くVHF帯を利用する。また,現在はアナログテレビのVHF帯の空きチャンネル(7chまたは8ch)を使用し,東京と大阪で実用化試験放送を行っている。

 2005年7月26日に東京の民放ラジオ局5社(TBS R&C,文化放送,ニッポン放送,エフエム東京,J-WAVE)は全国で地上デジタルラジオ放送を提供するマルチプレックス事業会社「マルチプレックスジャパン」(現時点では事業企画会社)を設立。同社は,2006年秋の開局を目標に準備を行っている(ワンセグの理解を深めるキーワード解説「マルチプレックス事業者」参照)。

 デジタルラジオ放送は,既に欧州,アメリカ,韓国で開始されている。既に開始している諸外国の地上デジタルラジオ放送方式には,欧州とカナダおよびアジアの一部で採用されているDAB(Digital Audio Broadcasting)方式,米国のIBOC(In-Band On-Channel)方式,DAB方式を元に開発された韓国のDMB(Digital Multimedia Broadcasting)がある(表1)。

表1 デジタルラジオ方式における日本のISDB-TSBと海外方式の比較
  ISDB-TSB DAB
(digital Audio Broadcasting)
IBOC
(In-Band On-Channel)
DMB
(Digital Multimedia Broadcasting)
採用国 日本 欧州,カナダ 北米 韓国
伝送方式 OFDM COFDM *1 COFDM *1 COFDM *1
変調方式 1セグ:16QAM,QPSK
3セグ:16QAM,QPSK,DQPSK
DQPSK QPSK,16QAM,64QAM DQPSK
利用する周波数 VHF VHF,UHF 中波(AM), VHF(FM) VHF,UHF
1チャンネルの帯域幅 1セグメント:432kHz
3セグメント:1296kHz
1.5MHz AM:30kHz
FM:400kHz
1.5MHz
映像符号化方式 H.264/AVC MPEG-4 HDC *2 H.264/AVC
音声符号化方式 MPEG2-AAC MPEG1 LayerII HDC *2 MPEG4 HE-AAC
データ放送 BML(3セグメント放送のみ) BWS(Broadcast Website Service),SLS(Sound Link and Sync),DLS(Dynamic Label Service) ID3(Identify an MP3)format HD BML *3 BWS(Broadcast Website Service),SLS(Sound Link and Sync),DLS(Dynamic Label Service)
伝送速度 1セグ:412kbps
3セグ:1.2Mbps
1Mbps以下 128kbps 1Mbps以下
*1:COFDM(coded orthogonal frequency division multiplexing):コード化直交周波数分割多重
*2:HDC(High Definition Coding):米国Ibiquity社により開発されたHD放送用のAudio,Videoコーデック
*3:HD BML(High Definition Broadcasting Multimedia Language):米国Ibiquity社により開発されたHD放送用マルチメディア言語