ダメシステムを現象面から捉えると,新システムは一応稼働はしているが,レガシー・システムやローカル・システムが密かに使われているというケースがある。前回は,そうしたケースで,レガシー・システムやローカル・システムを理屈通りに葬り去った事例について検討した。

 しかし,すべてについて事がうまく運ぶわけではない。今回は,現場の実態に合わせて,レガシーやローカルなシステムを生き残さざるを得なかった例について検討したい。


営業部門の思惑で信頼性を欠いた受注案件

 D社は受注生産を主力とする,中規模の小型モーター・メーカーである。生産計画の混乱,顧客との約束納期の遅れ,在庫の増大など恒常的な問題を抱えており,これらを解決するためにMRP(Material Resource Planning)をベースにした総合生産管理システムを導入した。

 統合生産管理システムは,受注一元管理システム,最適生産計画システム,生産計画スケジューリング・システムなどのサブシステムで構成される。

 受注一元管理システムは,受注案件が入力されると,その時点の受注残と生産能力を比較し,顧客の要求納期に対して,約束納期である「請期」を返答する。この受注案件情報は,生産から債権回収まで一貫して使われる。最適生産計画システムは,計画の目的(納期厳守・段取り時間や部材滞留時間の最小化など)に合った生産計画を作成するもので,その目的ごとのパラメータから,設定された目的に適合した製造工程と製造ロットの組み合わせを決定する。生産計画スケジューリング・システムは,作業能力/負荷/稼働率,約束納期,在庫などを考慮しながら,主に約束納期と稼働率の点から,満足な生産計画が出来上がるまでシミュレーションを繰り返す。シミュレーションの結果,例えば,約束納期遅れの製品がある場合は,その原因(部材の納期遅れ,現場の作業能率etc)の情報を提供する。

 ところが,D社では新システムでの新業務ルールに現場の実態が付いていけないケースが数多く見られた。結果として現場ではレガシー・システムやローカル・システムが使われ続けることになった。

 例えば,受注案件の入力には営業部門の思惑が入る。営業担当者は,工場の恒常的な納期遅延に対する「生活の知恵」として,顧客からの実際の要求納期より,2~3週間早めの要求納期を入力する。あるいは,受注確定前の内示段階で受注入力する。逆に工場の閑散期には,早期生産による在庫を抑えるために,受注決定案件の入力を遅らせたりという姑息な手段を弄(ろう)する。このため,生産能力,受注残の山積みが信頼性を欠くようになり,その後のフォローアップもいい加減になった。

 結果として,D社の受注一元管理システムは,関係部門から一顧だにされないようになった。受注から債権管理までの処理には,相変わらずレガシー・システムが使われ続けた。関係部門からの強力な要請があったとしても,レガシー・システムを稼働させ続けたシステム部門にも問題がある。これは,システム部門の自己否定を意味する。

 また,D社では新システムの導入に合わせて,これまで曖昧(あいまい)だった標準作業時間の決定部署や決定方法を新たに定めた。しかし,標準作業時間の適正化はなかなか進まず,不正確なまま運用されていたため,作業能力・負荷の山積みや作業能率管理が実態と乖離(かいり)し,最適生産計画システムは全く用をなさなかった。

 生産計画スケジューリング・システムでも,標準作業時間が不正確であることの影響を受けて,工程進度が実態と合わず,加えて,部材の入手遅れがことのほか多いため,スケジューリングの結果出された約束納期遅れ情報に対する原因究明と対策に,気の遠くなるような手間を要していた。結果として,生産計画スケジューリング・システムも,意味をなさなくなった。在庫も理不尽に増えた。

 しかし,現場実務者は日常業務を進める上で,週単位の生産計画や日単位の生産計画を更新しなければならないので,手書きで作成した。この場合,新システムが役に立ったのは,部材入庫遅延一覧をオンライン画面で確認して,該当部材が遅延表に載っていなければ入庫済みと判断して,手書きの生産計画を作成する際の参考にしたことぐらいである。なんとも皮肉な使い方である。


社内監査でシステム併用が発覚

 このように新システムとレガシー・システムやローカル・システムが併行して稼働していることは,しばらくの間,システム部門と当該部門の実務者しか知らなかった。

 しかし,それも長くは続かなかった。設備投資の効果をフォローアップする定期的な社内監査で,システムの無駄な併用がとうとう発覚した。システム部門は当然酷評され,部門長は次の人事考課で査定を下げられた。

 問題は新システムを軌道に乗せるにはどうするかである。関係者を集めた「システム効果実現委員会」が設置され,3ヵ月ほど検討を重ねたが,結論はなかなか出なかった。結局,新業務ルールと実態との乖離(かいり)が余りにも大きすぎることから,レガシー・システムやローカル・システムを認めざるを得ないという結論に至った。

 D社では業務実態を,新システムと新業務ルールに合わせるための努力を進める必要があると認識はした。例えば,受注データ入力を正常化するための条件整備,標準作業時間の適正化,部材納期改善などインフラ的業務の見直しである。しかし,現時点では効果実現委員会の活動は頓挫(とんざ)しているようである。

 この例から分かることは,まず経営者がレガシー・システムやローカル・システムの存在に気づかなければならない。当事者はそれぞれの利害や思惑があり,真実をうっかり口にして自分達に火の粉が降りかかることを恐れている。経営者はそのことを認識し,みずから現場に降り立ったり,監査チームを利用したりする必要がある。

 そして,真実に気付いたら,前回の例で示したようにレガシー・システムやローカル・システムを思い切って葬り去らなければならない。ただし,今回の例のように新業務ルールと実態が余りにもかけ離れていて,旧来のやり方やローカルなやり方を認めざるを得ず,段階的に対策の手を打って行かなければならない場合もあろう。その場合は,問題意識を失わずに持ち続け,対策を継続させる仕掛け作りをしなければならない。それはトップや,その意を受けた経営層・システム部門の責務である。


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■増岡 直二郎 (ますおか なおじろう)

【略歴】
小樽商科大学卒業後,日立製作所・八木アンテナなどの幹部を歴任。事業企画から製造,情報システム,営業など幅広く経験。現在は,nao IT研究所代表として経営指導・執筆・大学非常勤講師・講演などで活躍中。

【主な著書】
『IT導入は企業を危うくする』,『迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件』(いずれも洋泉社)

【連絡先】
nao-it@keh.biglobe.ne.jp