「売り上げへの貢献度を考えるなら、PC向けのシステムを優先して開発すべきだろう。しかし今回は、あえて“スマホファースト”にした」。アスクルのWeb戦略企画本部の佐藤満本部長は語る。

 アスクルは2012年10月、一般消費者向けのネット通信販売事業に参入した。サービス名は「ロハコ(LOHACO)」。アスクルが得意とするオフィス用品だけでなく、食品や飲料、日用雑貨なども販売する。

 注目すべき点は、サービスの立ち上げ方だ。PC向けの通販サイトではなく、スマホ向けの通販サイトを先に開発しサービスインした。スマホが普及しているとはいえ、ネット通販はPCサイトからの購入が主流だ。ましてやアスクルにとって、初めての一般消費者向けサービスである。にもかかわらず、同社はあえてスマホ向けサービスを先行させた(図1)。

図1●アスクルは新サービス「ロハコ(LOHACO)」の開発でスマホファーストを実践
スマホ向けのサービスを先行して開発、2012年10月15日に提供を開始した。PC向けサービスは約1カ月後の11月20日から開始した
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スマホ優先で高速開発

 なぜアスクルはスマホ向けサービスを先行したのか──。英断の背景にあるキーワードが「スマホファースト」である。

 スマホファーストとは、スマホやタブレットなどモバイル端末で利用するシステムの企画・開発を、PCで利用するシステムよりも優先させることである。現在はPC向けを優先する「PCファースト」が主流だが、これを逆転させる。開発するタイミングだけでなく、予算配分や開発体制、開発プロセスといったIT戦略にかかわる様々な要素においても、スマホを最優先に据える。

 スマホファーストの最大の利点は、システムの開発スピードを高められること。その結果、事業を素早く立ち上げられる。実際、アスクルは一般消費者向け通販へ参入を決めてからわずか半年で、ロハコのサービスを開始できた。日用品におけるネット通販は、国内総販売額全体の0.1%以下だ。この「空白地帯」を狙い、各社がしのぎを削っている。その中で少しでも早くプレゼンスを獲得するために、アスクルはスマホ向けサービスを先行投入した。

 アスクルにとって、スマホファーストは将来を見越しての布石でもある。「数年後にはスマホ経由での売り上げがPC経由を逆転する」と、岩田彰一郎社長兼CEOは説明する。

要件を「シェイプアップ」

 PCに比べると、スマホは制約条件が多い。だが、それを逆手に取ることで、システムの開発期間を短縮したり、ローコストで事業を創出したりできる。

 例えば、「画面の狭さ」はスマホの欠点だ。スマホ向けのシステムを開発するには、「本当に必要な機能は何か」を考え、システムの要件を絞り込む必要がある。その結果、無駄な機能の実装に工数を割かなくなり、開発スピードを速められるといったスマホファーストの利点が生まれてくる。

 アスクルはロハコのシステムを開発する際、これらのポイントを明確に意識した。開発プロセスにおいては、要件を絞り込む工程を上流工程に設けた(図2)。その工程で、商品のランキング機能を盛り込まないようにしたり、ボタンの数を1個に抑えたりすることを決めた。要件を絞り込めば、コーディングやテストなどの工数も減り、プロジェクト全体がスピードアップする。

図2●要件をそぎ落とす工程が加わるスマホファーストの開発プロセス
図2●要件をそぎ落とす工程が加わるスマホファーストの開発プロセス
スマホ向けに機能要件などを絞り込むことで、実装やテストなどの負担が軽くなる。開発期間・コストを圧縮できる

 「PCでの利用を前提にシステムを開発すると、要件を詰め込みがちになる」と、佐藤本部長は説明する。スマホファーストは、こうしたシステムの肥大化を防ぐ効果がある。「画面要素が増えれば、コンテンツ管理など目に見えない部分の工数も膨らむ。半年という限られた開発期間だったため、遅延を防ぐためにプロジェクトの発足当初に開発方針を(スマホファーストに)変えた」(同)。

 システム開発の常識を一変させるスマホファーストは、企業のビジネスモデルやビジネスプロセスをも変革する。そして今、アスクルのほか、金融や製造、医療など様々な分野のユーザー企業が取り組み始めている。次回から、9社の先進事例を紹介しよう。