こう言い切ったら、

6000人が作ったシステムは必ず動く:ITpro
最盛期の開発要員6000人,開発工数11万人月,投資額2500億円,取引件数1日1億件。三菱東京UFJ銀行が「Day2」と呼ぶ,勘定系システム一本化プロジェクトの成果物である。6000人のシステムズエンジニア(SE)が作り上げた巨大システムは,2008年5月の連休明けに必ず動くはずだ。

案の定

三菱東京UFJ銀の一部障害、直接の原因は文字コードの設定誤り
三菱東京UFJ銀行の一部キャッシュカードが、5月12日の午前7時から約5時間セブン銀行のATMで使えなくなった原因が分かった。三菱東京UFJ銀のシステムからセブン銀のシステムに送信する取引結果データの文字コードに誤りがあり、セブン銀のシステムが取引結果を正常に処理できなかった。

となってしまったが、「m9(^Д^)プギャーーーッ」という気にはとてもなれない。


事故は起こり、そして事故は直った。だから事故そのもののことはここでは語らない。

ここで語っておきたいのは、ITproの報道姿勢だ。

現場の常識、報道の非常識

「何人何人月かけようが、バグは出る」。これはソフトウェアエンジニアであれば、古今東西老若男女を問わず日々体感してきたことである。また、s/バグ/不具合/gとすれば、ソフトウェア抜きのあらゆるエンジニアにも適用できるだろう。

にもかかわらず、業界メディアですら、この常識が共有されていなかったというのが今回の一番の教訓ではないだろうか。

だが,それでも「必ず動く」とは言い切れないのがシステムの世界である。

という舌の根も乾かぬうちに、

実のところ根拠は何も無い。「必ず動くと信じている」だけだ。

というは、いかに谷島記者が「わかっていなかった」かの証拠としては充分すぎるものであろう。

「必ず動く」はほめごろし

皮肉なことに、同記事からは谷島記者の現場に対する尊敬がひしひしと伝わってくる。上から下まで、6000人がいかにプロジェクトに取り組んできたかまでは同記事はおそらく「正確」に伝えている。誇張が混じっているにしろ、なるべく数字を使えるところは数字で、理由があるところは理由を載せるようにしているところまでは「ジャーナリスティック」だ。

しかし、その後の「信じる」は、まさに「第三種疑似科学」であり、はっきり言って現場に対する援護射撃どころか誤爆以外の何者でもない。

浪花節は嫌いだが,6000人のSEを最後まで応援したい。

応援どころか、6000人のSEに恥を上塗りしたのは、同記者である。

第58回:失敗を待つマスメディアの監視下、システム一本化を始める三菱東京UFJ銀行:ITpro
“馬鹿の一つ覚え”という言葉は、三菱東京UFJ銀行の情報システム統合に関する新聞やテレビの報道にふさわしい。同行が3年前の2005年2月に、旧東京三菱銀行のシステムに一本化することを決めて以降、マスメディアは開発を進める同行の足を引っ張る報道を繰り返している。この5月からいよいよシステム一本化作業を始める同行にとって、最大のリスクはマスメディアの報道姿勢と言っても過言ではない。

失敗をハゲタカのごとく待つマスメディアと、勤勉で誠実な6000人の無謬性を吹聴する別のマスメディアと、どちらがたちが悪いのだろうか。

それでは、どういう報道がよかったのか

マスメディアにお願いしたいのは、第一に自らも含む無謬性神話の破壊、第二に誠実の再定義である。

権力というのは、強ければ強いほど失敗したに強く責められるものであり、ここまでは古今東西いずこも同じであるが、日本においてそれは「強い権力ほど失敗した時の損害が大きいから」という観点よりも、「強い権力ほど正しくあるべきだから」という「民間信仰」が背景にあるように思えてならない。「大企業だから正しい」「マスメディアだから正しい」「国家だから正しい」というわけである。実のところ大きいことは失敗しないことを何ら意味せず、失敗しても致命的になりにくいことしか意味しないにも関わらず、である。

そして、誠実であるとは、失敗しないことではない。失敗を防ぐこと、失敗してもそれが致命的にならぬようにすること、そして失敗を直ちに修復することである。ソフトウェアであれば、バグが出にくくすること、バグの影響が全体に波及しないようにすること、そして直ちにデバッグすることとなるだろう。

大組織病の正体。それは結局のところ、「大きいから致命的になりにくい」を「大きいから正しい」と勘違いしてしまうことにある。その意味で、同記者もまた患者である。

困ったことに、この病は伝染性だ。伝染病の治療で最も大事なのは、治療者が疾患していないことだと聞く。もしメディアに治療者としての自覚があるなら、まずは自らの病を直して欲しい。

Dan the Engineer


編集部より:今回の記事は,小飼弾氏のブログ404 Blog Not Foundより編集し転載させていただきました。本連載に関するコメントおよびTrackbackは、こちらでも受け付けております。