前回は,未成年者の個人情報保護対策の観点から,ケータイフィルタリング問題を取り上げた。2008年2月20日に電通が発表した「2007年(平成19年)日本の広告費」によると,新聞,雑誌,ラジオ,テレビのマスコミ四媒体広告費が伸び悩む反面,検索連動広告費,モバイル広告費を中心にインターネット広告費の拡大が続いている(「2007年の日本の広告費は7兆0,191億円,前年比1.1%増」参照)。

 これは同時に,インターネット広告市場を支える共通基盤として,ITや個人情報保護対策の果たす役割が重要になっていることを意味する。フィルタリングサービスが日本のIT市場に占めるマーケットシェアは小さいが,ティーン層市場におけるマインドシェア(消費者心理における商品・企業ブランドの占有率)や経済波及効果の観点から見ると,もはや無視できない規模に成長している。

 今回は,インターネット広告市場の拡大に深く関わる「Web 2.0」技術と個人情報保護対策について考えてみたい。

検索エンジンのキャッシュで確認された日本HPの個人情報流出

 2008年2月29日,日本ヒューレット・パッカード(HP)は,同社がホームページ上で実施したキャンペーンおよびセミナー申し込み,アンケート等のために登録されたユーザー情報の一部が,インターネットでアクセス可能な状態にあったことが判明した,と発表した(「お客様情報流出に関するお詫びとお知らせ」参照)。アクセス可能な状態にあったのは,2007年1月31日から2008年2月18日までの間に同社ホームページから登録したユーザーの個人情報延べ13万9583件分。個人情報住所,氏名,電話番号,電子メールアドレス等が含まれていた。

 報道記事によると,検索エンジンで該当するキャンペーン,セミナー等のキーワードを入力すると,検索結果の表示ページに個人情報を含む文書ファイルへのリンクが表示されることが,今年2月18日にユーザーからの指摘を受けて判明したという。

 日本HPの発表によると,上記の事実が判明した2月18日,同社は直ちにシステムの問題点を修復し,インターネットから同システムへアクセスを不可能にする処置を講じている。同時にインターネットの検索エンジン上にファイルの複製(キャッシュ)があることを確認し,検索エンジンからの複製削除の措置を講じた。その後,2月20日にすべての複製の削除が完了したのを確認したことから,個人情報を含む文書ファイルがアクセス可能な状態にあった期間を,2008年2月13日から2月20日までの間としている。

 作業上のミスにより検索エンジンを介して個人情報が外部流出していた事件としては,第85回でデジタルプラネット衛星放送,第91回で日本メナード化粧品のケースを取り上げたことがある。

 日本HPのケースはこれらに似ているが,デジタルプラネット衛星放送の154人分,日本メナード化粧品の165人分に比べると,情報流出の対象ユーザー数は膨大である。二次被害・類似事故防止のみならず,コーポレート・ブランディングの観点から,経営者をリーダーとする迅速な危機管理広報の実運用が求められる。

Webマーケティングに求められるSEOと個人情報保護対策の融合

 実を言うと,日本HPのケースでは,個人情報が流出したユーザーの中に筆者も含まれていた。筆者の場合,外部からアクセスされた形跡があったのは,日本HP主催のセミナーに申し込んだ時の登録情報であるが,そのことを知ったのは,2008年3月5日に同社代表取締役名の「日本HPからのお客様情報流出に関するお詫びとお知らせ」と題したメールを受信した時だった。皮肉なことに,筆者が参加した日本HPのセミナーは,情報セキュリティ管理に関するテーマのセッションである。セミナーは「満員御礼」の表示が出る位の盛況ぶりだった。

 一般的に,Webサイトへのアクセス率アップを目的としたSEO(検索エンジン最適化)対策を強化していけば,検索ロボットの訪問頻度は上がり,最新の情報を含むキャッシュが検索エンジンに反映されてプロモーション効果も高まることになる。だが,途中のプロセスで,個人情報を含むファイルへのアクセス設定などにミスが起きると,検索ロボットがアクセス設定をすり抜けて個人情報を含むキャッシュを外部に生成するリスクが一気に顕在化することも起こり得る。

 セミナーが終わったからといって,個人情報ライフサイクル管理のプロセスが完了したとは限らないのだ。企業ホームページのWebマスターやマーケティング部門の個人情報管理者にとって,日本HPのケースは教訓とすべき点が多い。

 次回も,「Web 2.0」技術と個人情報保護対策について取り上げてみたい。


→「個人情報漏えい事件を斬る」の記事一覧へ

■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/