だがその一方で,現状のコピー・プロテクトが行き過ぎていると気持ちがあるのも事実だろう。不当に抑圧された感じがするのだ。法的に不当かどうかはともかく,必要以上のプロテクトという印象はぬぐえない。
この「行き過ぎた感じ」は,以前は認められていた私的な利用におけるコピーをも禁止されてしまったことから生まれている。例えば,テレビ番組をビデオ録画して保存しておくのは誰にもとがめられない。自分で後から見直したりするという私的な利用だからだ。これをダビングして売ったりすれば,私的の範囲を超えた海賊版の販売ということになる。無料で友人に配布することも著作権の侵害だ。
かつては海賊版の作成は簡単ではなかった。ビデオやカセットテープに大量にダビングするには,それなりのダビング装置を用意する必要があり,一般人は簡単に手を着けられない。だから,大したプロテクトはかけなくても,私的複製を認めつつ著作権も守ることができていた。
ところが,パソコンとインターネット,ファイル交換ソフトにより,個人が気軽にコピーを世界中に配るインフラが整ってしまった。音楽CDをハードディスクやCD-Rにコピーするのは,カセットテープに録音したり,テレビ番組を録画するのに感覚的には近いだろう。ファイル交換ソフトにしても,利用すること自体が悪いわけではもちろんない。単に,ユーザーが私的利用を超えるための垣根が一気に低くなったのだ。結果として多数の著作権侵害が発生し,権利を保持する側は何らかの手を打たなければならなくなったのである。
プロテクトはユーザーの利便性を損ねる
レコード業界やソフトウェア業界などの業界団体は極端に悪質なユーザーを告発するなどしてきたが,抑止力として大きな効果が出るところまではいっていない。次の手段として,レコード会社などのコンテンツ提供者は,違法コピーを未然に防ぐためのコピー・プロテクトを強化するようになった。
コピー・プロテクトを施すこと自体は,コンテンツを供給する側の自由である。原則としてはコピー・プロテクトをかけるかどうかを決めるのは著作者あるいはレコード会社などである注1)。
最も端的な例が音楽CDだ。音楽CDにコピー・プロテクトを施したのがCCCD(Copy Control CD)である。一見,音楽CDと同じだが,音楽CDの仕様であるRed Bookからは外れている。このため,普通の音楽CDにはある「Compact Disc」のマークがCCCDにはない。代わりに「コピーできません」と表示している(写真1[拡大表示])。
規格外であることによる弊害がある。一部のCDプレーヤが,CCCDを再生できないケースがあるのだ。場合によってはプレーヤを破壊してしまうことさえあるという。例えば,CCCDが登場してすぐにMacintoshパソコンで再生できないことがユーザーの間に大きな波紋を投げかけた。ただでさえ,それまではできていたCD-Rメディアへのコピーができなくなっている上に,せっかく買ったCDが再生できないこともあり得るとなると,ユーザーの不満を生む。また,コピー・プロテクトが強化されたということ自体も,違法コピーをするつもりがないユーザーにとって気分がいいものではない。また,特別なソフトをインストールしなくても,CCCDの音楽データがパソコン上で見えてしまう環境もあったりするため,ユーザーの間では不公平感も漂う。
レコード業界がCCCDを導入し始めた理由は,ファイル交換ソフトやCD-Rなどへのコピーによる違法コピーが売り上げに影響したと考えたためだ。実際,Napsterが広く普及し,問題が大きくなったのが1999年後半。これに呼応するように音楽CDの総生産金額は1998年の5879億円をピークにじりじりと下がり続け,2002年には4318億円まで落ち込んだ(図1[拡大表示])。もちろんファイル交換ソフトだけが音楽CD市場を縮小させたとは言い切れない。1999年から2000年にかけて,ファイル交換ソフトやCD-R/RWドライブの一般化に加え,着信メロディやDVDの登場など,著作権侵害とは関係ない動きも同時に起こっている。着信メロディ,DVDともに2002年には音楽CDと比較して,20%を超える規模にまで伸びてきている注2)。これらに音楽CDがそのままそっくり食われたとは言えないが,少なからず影響を受けていることは間違いないだろう。
技術と法律のいたちごっこ
著作権法を管轄する文化庁も,こうした状況に手をこまねいていたわけではない。むしろ,日本の著作権法は国際的に見ても先進的と言える注3)。
例えば,ファイル交換ソフトによる違法コピーの流通を防ぐために著作者に与えられた権利が送信可能化権である(図2[拡大表示])。Napsterが爆発的に普及する直前の1997年に著作権法が改正され,送信可能化権が追加された。送信可能化権は,ファイル交換ソフトをインストールしたパソコンに,著作者に無断でコンテンツをコピーできないとしたもの。誰かがこのパソコンにアクセスしてコンテンツをダウンロードしたかどうかは関係なく,コピーしただけで著作権侵害となる注4)。
送信可能化権が規定される以前は,公衆送信権という権利があった(図3[拡大表示])。公衆送信権は放送を対象に規定された権利で,ネットワークを通じた配信にも著作者の許諾が必要なように,1986年の著作権法改正で追加された。
この法律はコンテンツ配信サービスを想定している。一つのサーバーが,パソコンや専用受信機など多数のクライアント端末に配信するというイメージだ。ユーザーはクライアント端末から見たいコンテンツを選び,サーバーに要求する。サーバーは要求されたコンテンツを端末に送信する。公衆送信権は,このサーバーからクライアントに対する送信に関する権利で,著作者に無断で送信してはいけないとするものだ。
このことは,サービス事業者が配信する前に著作者の許諾が必要になるということを意味する。サービスを始める前に著作者がノーと言えば,サービス事業者は送信できない。だから,送信する部分で制限をかければ著作権侵害は行われなかった。こうしたサービスを提供するにはそれなりの施設が必要で,広告などでユーザーも集める必要がある。こうした事業を始める企業もそれほど数は多くない。仮に,許諾を得ずにこうしたサービスを始めた事業者がいても,著作者サイドがそれを見つけてサービスを止めさせることはそれほど難しくなかった。
これでは,ファイル交換ソフトに対応できないのは明らかだろう。誰が誰に送信しているのかを見つけにくいし,何よりその数が多過ぎるため,特定してもそれは全体のわずかでしかない。そこで送信を制限するのではなく,送信を可能にする行為,すなわちパソコンへのコピーを制限する必要が出てきた。これが送信可能化権である。言ってみれば,技術と著作権のいたちごっこの結果として,公衆送信権,送信可能化権は登場してきた。
現在のコピー・プロテクトは,このいたちごっこの果てに生まれた。「実に気軽に違法コピーできる環境ができあがってしまった」(日本音楽著作権協会 送信部ネットワーク課 課長の野方英樹氏)ために,送信可能化権はあるものの,違法コピーを止められないのが現状だ。未然に違法コピーを防ぐため,コンテンツ提供者が取った方策がコピー・プロテクトの強化なのである。