IEEE 1394を無線化する技術も

 一方,既存の有線インタフェースをそのまま無線で置き換えるのがWireless 1394だ。その名の通り,IEEE 1394の無線版である。

 有線のIEEE1394は,動画や音楽など,比較的容量の大きいデータを高速かつ途切れなく運ぶための規格である。現在では,100M,200M,400Mビット/秒の3種類の規格がある。オーディオ機器やデジタル・ビデオカメラ,スキャナなどのインタフェースとして採用されている。例えば,ビデオカメラで撮影した映像をパソコンに取り込んで編集する場合などに使われる。無線版であるWireless 1394も,当然目的は動画や音楽などのやり取りにある。

 Wireless 1394の歴史は,1998年までさかのぼる。マルチメディア移動アクセス推進協議会(MMAC)の無線ホームリンク委員会がこの年に規格の策定を始め,MAC層までの仕様を固めた。しかし「規格を普及させるためにはチップメーカーに対応製品を出してもらう必要がある。まったく新たに作った規格には,対応してもらいにくい」(MMAC無線ホームリンク委員会新ネットワーク方式検討作業班の佐藤英昭主任)という事情もあり,正式な規格化には至らなかった。

 MMACはこれを捨て,新しい仕様の策定準備に入っている。IEEE 1394の標準化団体である1394 Trade Association(1394TA)が検討中の,IEEE 1394 over IEEE 802.11という規格に準拠するものだ。IEEE 802.11で標準化されている規格を下位層に利用する。

図5●Wireless 1394のプロトコル・スタック
PHY層にはIEEE 802.11a,MAC層には802.11eを使う。その上に,IEEE 1394のデータを802.11eでカプセル化するための制御情報を処理する1394PALという層を設ける。1394PALは,IEEE 1394の標準化団体1394 Trade Association(1394TA)が策定を進めている。

 物理層に採用するのは,IEEE 802.11a。802.11bより高速な,最大54Mビット/秒の転送が可能な無線LAN規格である。使用する周波数帯域は5GHz帯。製品が国内でも出始めている。

 MAC層には,現在IEEEで標準化作業中の802.11eを使う。動画や音声のストリーミング再生を目的とした規格である。Wireless 1394とは親和性が高い。

 802.11eは,802.11のMAC層仕様を拡張するものだ。送ったデータが正常に届いたかどうかを確認する方法が802.11と異なる。

 同時に複数の機器が無線通信をする場合,データの衝突が起こって相手に正常に届かないことがある。これを防ぐために,802.11では受信側がデータを受け取ると,正常に受信したことを送信元に知らせる。知らせを受け取ると,送信元は次のデータを送る。一定時間待っても知らせが来ない場合,送信元はデータを再送信する。

図6●IrBurstの通信の仕組み
ファイル転送のためのプロトコルIrOBEXは,データを一度送信するごとに受信側からの応答を待つ必要がある。IrBurstはこれを使わず,応答側が受けられるサイズ分のデータを続けて送信する。

 これは,データを確実に送るためには必要な仕組みである。しかし,リアルタイムに途切れることなくデータを送ることが求められる,ストリーミング再生などには適さない。そこで802.11eでは,受け取り通知の頻度を減らした。具体的には,複数のデータの送信に対してまとめて通知する。

 802.11eは,2003年3月を目標に標準化作業が進んでいる。これが発表されれば,あとはIEEE 1394のデータをどう送るかを決めるだけだ。1394 TAは,MAC層の上に1394PAL(Protocol Adaptation Layer)を設けることを検討している。ここでIEEE 1394をカプセル化するための制御情報を処理する(図5[拡大表示])。1394PALを含むTAの正式な仕様は,2003年4月に固まる見通しだ。

 TAが策定する仕様を基に,MMACは別の規格を策定する予定である。802.11aが使う5GHz帯だけはなく,25GHz,60GHzというより高い周波数帯域を使おうというものだ。「25GHz帯や60GHz帯は,5GHz帯に比べて使える帯域が広く,チャネル数も多い。例えば25GHz帯で3チャネルを同時に使えば,理論上は100Mビット/秒を超える通信が可能になる。これなら,速度を落とすことなく有線のIEEE 1394を無線化できる」(佐藤氏)。ただし,チップの作りやすさから言っても,製品は5GHz帯のものからになりそうだ。

赤外線でもストリーミングを実現

写真3●IrBurstを使ったコンテンツ配信端末
NTTサイバーソリューション研究所が試作したもの。ユーザーは,ダウンロードしたい音楽や動画と,それをダウンロードする端末の場所をあらかじめ携帯電話などで予約しておく。すると配信サービスのサーバーから,街頭に置かれた配信端末にコンテンツが送られる。利用者は予約した端末の前に行き,赤外線を使ってダウンロードする。

 次に,赤外線通信のIrDAに目を向けよう。IrDAを備えるノートパソコンは減少傾向にあるが,新たに携帯電話への搭載が始まった。NTTドコモが504 iシリーズにIrDAを標準搭載したのである。向かい合わせなければ通信できないという制約を逆手にとって,手軽な認証機能付き通信に見立てる。決済などの用途に使おうという考えだ。

 IrDAでは現在,115k,1M,4M,16Mビット/秒の4種類の転送速度の規格がある。これに加え,100Mビット/秒の転送を可能にする新しい規格の策定が同名の標準化団体IrDA(Infrared Data Association)で進んでいる。

 IrDAにも,用途に応じてさまざまなプロファイルが存在する。しかし従来のものは,小規模なデータの転送を前提に仕様が決められている。物理的に大容量の転送が可能になったとしても速度を生かし切れない。

 例えばIrDAでのファイル転送には,IrOBEXと呼ばれるプロトコルが使われることが多い。データを一度送るごとに,受信側からの応答を待つ必要がある。このため,データの送受信の切り替えに時間がかかってしまう。

 これを解決するために,IrBurstという規格が現在策定段階にある。赤外線を使ってストリーミングを実現しようとする技術である。動画や音楽を配信するために,データを送る端末と,それを受け取る携帯電話やPDA,パソコンなどの間をつなぐ。

 IrBurstでは送信データへの応答の頻度を減らすことで,データを連続して送れるようにする(図6[拡大表示])。Wireless 1394が使う802.11eと同じ考え方だ。

 NTTサイバーソリューション研究所は,IrBurstを使ったコンテンツ配信端末を試作した(写真3[拡大表示])。「利用者が端末の前にいる時間を10秒以下に抑えたい。IrBurstならば物理的な転送速度を生かし切れるため,待ち時間を減らせる」(NTTサイバーソリューション研究所マルチメディア端末プロジェクトの川村浩正主任研究員)。IrBurstの正式な仕様は,2003年度の後半に決まる予定である。

(八木 玲子)