プリンタで何度も書き換えられる紙

図6●リコーが開発したリライタブル・ペーパー
ロイコ染料と顕色剤が,温度によって結合したり離れたりすることを利用して黒を表示する。顕色剤はロイコ染料と結合すると黒に発色する性質を持つ。専用のプリンタには,消去用と書き込み用の二つのヘッドがついている。印刷されている面を消去しながら同時に新しい内容を印刷する。

 これまではディスプレイを超薄型化するという方向性の電子ペーパーを見てきた。次に見るのは,「紙」そのものである。電子的に書き換わるわけではないが,プリンタで何度も書き換えられるリライタブル・ペーパーだ。

 実は,書き換え可能という原理を使った製品はすでにポイントカードなどで実用化されている。ただ,書類を読むものとなると要求される条件が厳しくなる。ポイントカードや磁気カードの表示に使用する場合は,細かい文字で文章を読むわけではないので書き換えの精度が高くなくてもいい。一方,文書の表示を考えると,文字の濃度を濃くしコントラストを高める必要がある。また,全体をまんべんなく消せなければならない。

 リコーは,プリンタを使い,通常の印字のように濃く表示し,消し残りなく書き直せるような紙を開発している(図6[拡大表示] )。表示には,感熱紙で使われているロイコ染料と顕色剤を使う。

 ロイコ染料と顕色剤は,結合すると黒に発色するという性質を持っている。結合した両者を分離すれば,黒は消えてもとの無色に戻る。結合と分離は加熱する温度の違いで生じる。結合するのは180℃以上,分離するのは120~160℃。同社のリライタブル・ペーパーは「顕色剤の構造を変えて,顕色剤同士の凝集力を高められるようにした。これによりロイコ染料から分離する力が強まり,書き換えが可能になった」(リコー研究開発本部中央研究所 第三材料研究センターの筒井恭治部長研究員)という。カラー化については,熱ではなく光の波長の違いで書き変えるタイプの材料を開発している。実用化は7~8年後になる見込みだ。

1枚に200回繰り返し印刷できる

 書き換えには,専用のプリンタが必要になる。プリンタは文字を消去するためのヘッドと書き込むためのヘッドを持っており,消去するのと同時に書き込みができる。このプリンタについては,「個人が机の上で使えるような小型機を考えている」(筒井氏)。個人が出力する一時的な印刷物の置き換えに適しているためだ。

 専用紙は,通常の紙もしくはフィルムに,染料と顕色剤を混ぜた液体を塗ったもの。今のところ200回ほどの書き換えに耐えられるレベルだ。書き換え回数が多くなるほど紙が痛むのできれいに印字できなくなる。折り曲がったりしわができると,その部分がヘッドに密着しないためである。

 まだ製品化のメドは立っておらず専用紙のコストは決まってないが,1枚の価格は普通紙よりは高くなる。ただ,書き換えられることを考慮すると,トータル・コストは普通紙より安くできる。現在のレーザー・プリンタではトナーや紙代を含めて換算すると1枚印字するのに3円程度かかる。リライタブル・ペーパーが200回の書き換えに耐えられることと比較した場合,普通紙の印字で200枚印刷すれば600円だ。リライタブル・ペーパーはこの600円よりも安く提供できるという。

 付加価値として,印刷した専用紙にメモするための専用ペンも開発している。特殊なインクを使う。プリンタで消去するのではなくスポンジのようなもので物理的に消去する。

光を使ったコピー感覚の書き込み

図7●富士ゼロックスの光書き込み型の電子ペーパー
電圧をオフにしてもそのままの状態を維持する性質を持つコレステリック液晶を使っている。プロジェクタやディスプレイなど光を発するものの上に載せ,電圧をかけると表示をコピーできる。

 最後に,いままで見てきたディスプレイ型とプリンタ型が融合したユニークな電子ペーパーを見てみよう。富士ゼロックスが開発した光書き込み型の電子ペーパーは,発光する画面上にメディアを置いて文字や絵を写し取るという仕組みである(図7[拡大表示])。

 表示のコントラスト比は10対1で,「写し取った画像は1年以上表示を保持できる。書き換え回数も半永久的」(富士ゼロックス 研究本部次世代マーキング研究所の三田恒正統括マネジャー)という。

 メディアは紙ではなくフィルム基板を使った液晶パネルである。クリップの形をした外部装置でメディアをはさんで電圧をかける。外部装置のボタンを押すと300Vの電圧がかかる。

 メディアの構造は,表面積と同じ大きさの2枚の透明電極が液晶層と光導電層を挟んでいる。液晶層と光導電層の間には黒い遮光板が入っている。

 液晶の素材にはコレステリック液晶を使う。コレステリック液晶は,液晶分子がらせん状になっていて電圧を切ってもそのままの状態を比較的長く維持する性質を持つ。光導電層は光が当ったところの抵抗が下がるようになっており,その結果,直列につないである液晶層の抵抗値が上がる。光の当っている部分の方が当っていない部分より電圧が高くなり,表示を調節できる。

 欠点は,温度に弱いことだ。液晶を使っているからである。60℃くらいになると真っ黒になる。逆に温度が低くなると動きがにぶくなるともいう。

定期券や入場券など一定期間の表示に利用

 メディアの電極は細い線ではなく一面が電極になっており画素が並ぶわけではない。そのため,画像の鮮明さは,写し取る画面を表示するディスプレイの解像度に依存する。どれだけ細かい光を与えられるかが重要になる。メディア自体は,600~1000dpiくらいの鮮明さを表現できるという。

 用途としてはオフィスや家庭を問わずインターネットで見られる情報をコピーすることを想定している。入場券や定期券など,一定期間表示を変化させずに保ち,使用後に書き換えるといったアプリケーションも考えられる。

 現段階での課題は,通常のパソコン用ディスプレイやテレビなどの画面を写し取れるようにすることである。コピーできるのはプロジェクタや有機ELパネルの表示のみだ。パソコン用ディスプレイやテレビは,視野角を広げるために光が拡散するように発光している。そのため,コピーしようとするとぼやけた画像になってしまう。ただ,光の拡散を防ぐような特殊なシートを挟めばコピーできるようになる可能性がある。同社によると「家庭にもプロジェクタが入ってきつつある。ガラスのテーブルの下からプロジェクタで投影するとガラス面に写った情報を写し取れる」(三田氏)という。

(堀内 かほり)