電子ペーパーは数十年前から考えられてきた夢の技術。紙のコピーが持つ見やすさと,情報が書き換えられるというデジタル機器の利点を併せ持つ。電子ペーパーを実現するには,三つの方向性がある。超薄型ディスプレイというディスプレイ技術の進化の方向,何度も書き換えられる熱書き込みタイプの紙というプリンタの進化の方向,そして発光している表示面を写し取るコピー技術の進化の方向である。課題はコストだ。それに加えて,使い道がまだ模索中という根本的な問題もある。紙を超えるという夢に向けて邁進する電子ペーパーの開発状況を探った。

 インターネットの普及に伴い,情報をデジタルデータで扱う機会が増えている。デジタルデータは書き換えなどの加工がしやすいため容易に情報を更新できる。外出先でも情報を参照するためには,PDAなどの小型情報機器が使われている。

 ただ,PDAやパソコンで使われているディスプレイの画面は,小説や新聞のような小さい文字を大量に読むには適さない。長時間ディスプレイを見ていると目が疲れてしまう。長文の文書の場合は,プリントアウトして読むユーザーがほとんどだ。

 文字を読むのに紙が適するのは,白地に対して文字がはっきりと読めるためだ。また,手で持つときに曲げることができ,印刷した文字がすぐ消えてしまうなどということもない。一方で,紙のコピーには欠点もある。紙は一度印刷したものを書き変えることができない。

 そこで,情報の書き換えが可能で,かつ文字が読みやすいメディアが考えられている。それが,電子的な機構で表示でき紙のように視認性が高い「電子ペーパー」だ。30年ほど前から研究され続けてきた「夢の技術」である。

見やすく表示が持続することが基本

図1●電子ペーパーに求められている機能
印刷レベルの見やすさをはじめ,薄く曲げられるなど扱いやすさが求められる。将来的にフルカラーや動画を考えているメーカーが多い。

 電子ペーパーを実現するには,現在三つの方向性がある(図1[拡大表示])。一つは,ディスプレイの技術を進化させる方向。多くのメーカーはディスプレイをより薄く軽くしながら,紙に近づけようと取り組んでいる。二つ目が,プリンタと紙を使い印刷技術を進化させる方向だ。紙に特殊な液体を塗り何度も書き換えできる紙が研究されている。リライタブル・ペーパーとも呼ぶ。三つ目は,発光する画面の情報を写し取るコピー技術を進化させる方向だ。

 電子ペーパーに必要な要件は三つある。まず,文字が読みやすいこと。これは,背景の白さが重要になる。白がより白いほど,文字は濃いほどはっきりとした表示になる。白さの指標としては,光が当たったときに反射する光の割合である反射率や,白と黒の濃さの比であるコントラスト比がある。文字の細かさは解像度(dpi,1インチにいくつの点を刻めるか)で決まる。

 次に,電源を切っても表示が続くこと。大量の文章を読むときはある一つの画面を一定時間表示する必要があるためだ。今日の液晶ディスプレイのように表示のために電力が必要だと,必ずバッテリを内蔵しなくてはならなくなってしまう。電子ペーパーにバッテリを内蔵するにしても,表示のリフレッシュの間隔が長ければ,消費電力を抑えることができる。

 三つ目が紙のような扱いやすさである。紙のように薄く曲げたりできるということだ。曲げられるようになることで,衝撃にも強くなる。

加筆性や扱いやすさが今後の課題

 現在開発中の電子ペーパーは,静止画をモノクロで表示するものである。紙の表示を置き換えるのを目指しているためだ。背景の白さや文字の鮮明さは高いレベルにあり,新聞よりもコントラストが高いものもある。扱いやすさについても,多少曲げられるようになっている。

 より紙に近づくための課題としては,(1)ペンなどで書き込みができる,(2)折り畳んだり丸められる,などがある。(1)の加筆性では,メモ書きをデジタルデータとして扱えることが望ましい。(2)の形状については,アプリケーションによって要求される性質が変わってくる。例えば,コピー紙の置き換えや新聞・本を読むためのものであれば一枚の薄いシート状で折りたためるようなものが適する。また,携帯電話は表示部が狭いため,補助画面として携帯電話に内蔵もしくは外付けで使う巻物状のものが考えられる。

 カラー化やなめらかな動画表示などを目指すメーカーもある。ただし,これらの機能に関しては「何に使うのかという観点から,機能に優先順位をつけるべき。すべてを取り込もうとすれば中途半端なものになってしまう」(東海大学工学部応用理学科の面谷信教授)という声がある。

 電子情報を扱えるというメリットを生かす方向もある。小説などの場合は,「文庫本をそのまま電子化するのではなく,用語や登場人物の単語をクリックすると説明が表示されるなどが考えられる。電子ペーパーだからこその付加価値をつける」(大日本印刷 研究開発・事業化推進本部の和田隆本部長)ことが考えられている。

先陣を切るのはE Inkの電子ペーパー

 現在開発中の電子ペーパーは,製品化にあたっては,コストや表示の保持時間,駆動電圧,そして信頼性という壁が立ちはだかっている([拡大表示])。

 そのような中で,米E Ink社の電子ペーパーは2003年春に製品化を予定している。同社の電子ペーパーは外部の光を反射させるバックライト不要の反射型パネルだ(図2[拡大表示])。携帯情報機器の表示部や電子辞書,電子書籍を想定している。同社は1997年に,電子ペーパーを研究していた米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボのメンバーが設立した。

表●電子ペーパーの開発・研究に取り組む主なメーカー
 
図2●米E Ink社が開発したマイクロカプセルを使った電子ペーパー
電圧をかけると,マイクロカプセル内で粒子が移動する電気泳動方式を用いている。2003年春に製品化の予定。

 同社が採用するのは,電圧をかけて帯電した粒子を移動させる電気泳動方式。表示原理は,マイナスに帯電した黒い粒子とプラスに帯電した白い粒子がマイクロカプセルと呼ぶ球の中で移動するというもの。マイクロカプセルは電極に挟まれており,上部の透明電極がマイナスに印加するとプラスに帯電した白粒子が上に来るので白表示になる。黒表示をしたい場合は電極にプラスを印加する。

 E Inkは蘭Royal Philips Electronics社,日本の凸版印刷と提携し電子ペーパーを量産する計画だ。凸版印刷はマイクロカプセルが入っている表示部を製造し,Philipsが製造した薄膜トランジスタ(TFT)を形成したガラス基板上に貼り付ける部分を担当する。

 この電子ペーパーのコントラスト比は10対1。新聞紙(コントラスト比は5対1)よりも高いコントラストを実現している。電圧オフ時の表示時間は長く,画面全体がグレーがかるのが1年程だという。ただ,書き換え時の電圧が15Vと液晶ディスプレイよりも少し高めだ。

 技術的には,カラーフィルタを重ねることでカラー化できる。応答速度を速めれば動画にも対応できる。静止画表示が目的である現時点での応答速度は150~200ミリ秒。液晶ディスプレイ(市販製品は16ミリ秒程度)と比べるとかなり遅い。凸版印刷は,「2003年春に製品化を予定しているのはモノクロ表示。その後,カラー化し,2005年以降はプラスチック基板を使って曲げられるようにしたい。動画はその次に考えている」(凸版印刷 生産・技術・研究本部電子ペーパー事業推進部の鈴木克宏係長)と計画を語る。

表示原理によって特徴が変わる

 E Ink以外の研究段階にある他社の電子ペーパーも低消費電力,高コントラスト,薄型を目指して開発されている。表示方法と材料が異なることでそれぞれ独自の特徴を持つ。

 E Inkと同じくディスプレイを改良する方向で開発されているのが,ソニーが研究している「e-paper」,大日本インキ化学工業のポリマー・ネットワーク型液晶,キヤノンのペーパーライク・ディスプレイの三つだ。すべて外光を利用する反射型である。反射型はバックライトが不要なため,軽量化・薄型化しやすく消費電力も低く抑えられる。暗い場所では紙と同じように文字が見えづらくなるが,バックライトを使わないので室外で画面が白っぽくなって見えなくなることはない。

 3社の電子ペーパーの特徴は次の通りである。e-paperは白の反射率が高く高コントラストにできる。ポリマー・ネットワーク液晶はスイッチングの速さである応答速度が速い。ペーパーライク・ディスプレイは薄型化しやすい点とグレーなどの中間調の表示を得意とする点が特徴だ。

(堀内 かほり)