先月,米国の現役陸軍大佐が「出会い系」サイトで知り合った女性約50人を手当たり次第に口説いていた事件が発覚し,大変な物議をかもした。ほぼ全員にプロポーズした上,中には実際に会って不倫に及んだ女性もいるという(大佐は現在,妻帯者)。

 米主要紙によれば,この陸軍大佐は,治安維持部隊の一員としてアフガニスタンに派遣された後も,現地からメールを送るなどインターネット上での“女性狩”に明け暮れていた。プロポーズされた女性の中には,「一度も会ったことがない」にもかかわらず,自宅の庭に「黄色いリボン」を飾って大佐の帰還を待ちわびていた人もいるという(このシーンが全米でテレビ放送され,これを見た他の「大佐の女」たちが騒ぎ立て,事件が発覚した)。

 日本でこういう事件が起きれば,被害に遭った女性は普通,テレビで顔を隠したり,被害を訴えるにしても匿名にしたり,第一,そもそもメディアに登場したがらないものだが,米国では違う。30代から50代にわたる被害女性の多くはメディアに堂々と登場し,大佐の「ドンファン」ぶりを訴えると同時に,「インターネットは危険よ」と他の女性たちに注意をうながしている。被害者の代表格の女性が,USA TODAY紙のインタビューに答えたコメントを,以下に引用しよう。

 「あたしたちを,馬鹿で世間知らずな女と思ったら大間違いよ。本当は,聡明で知的な職業婦人(bright, intellectual, professional women)なんだから! あたしたちがあの男に騙されたのは,電子メールの口説き言葉が信じられないくらい素敵だったせい。彼は,あたしたちを,まるで女神のような,妖精みたいな,プリンセスのような,シンデレラのような気持ちにさせてくれたの。(彼と出会って)ついに『私のスーパーマン』が登場した,と思ったわ。輝く甲冑を身につけたナイトが現れたのよ」

米国ではまだ,日本ほどの危機意識の高まりがない

 日本の読者も,彼女たちのナイーブさを笑っている場合ではあるまい。携帯電話を使った「出会い系サイト」の“本場”は日本であろう。先月,内閣府が発表した青少年白書によれば,「出会い系サイト」による未成年の被害者は,一昨年から昨年にかけて2倍に増加し,1300人あまりに達したという。被害者のほとんどは少女で,1286人に上る。このうち殺人など凶悪犯罪の被害者は42人にも上り,統計を取り始めた2000年の7倍に達したという。本当に,海の向こうの「ドンファン」大佐を非難している場合ではないのだ。

 しかし日本の場合,出会い系サイトに対する危機意識が高まっているだけ,まだマシかもしれない(関連記事)。これとは対照的に,米メディアによる出会い系サイト(Dating Siteなどと呼ばれている)の取り上げ方は,かなりアッケラカンとしている。「犯罪の温床」という陰湿な側面を強調するのではなく,文字通り「新たな出会い」のチャンスという,明るく肯定的なとらえ方をするケースが目立つ。

 もちろん米国でも,少女が「出会い系サイト」で知り合った男にレイプされ,殺されるといった悲惨な事件も起きている。当然,親たちも心配している。しかし,その割には,社会全体がこれを非難・攻撃するという風潮がないのだ。

 インターネット・アクセス機能付きの携帯電話が普及した日本とは異なり,米国の出会い系サイトは,パソコンを想定したWebページが主体だ。米comScore Networksの調査によれば,現在,こうした出会い系サイトを利用する米国人の数は,月に4500万人にも上る。これは延べ人数だから,同一人物の重複も含まれる。リピータの愛好家が多いだろうから,実数はこの人数よりぐっと少ないだろう。しかし,それを勘案してもすごい数だ。

日本よりも詳細な個人情報を求める米国サイト

 多くの場合,こうしたサイトは登録制になっており,利用者は月当たり20ドルから30ドルくらいを払って会員になる。男女とも自分の「年齢」「職業」「身長」「相手の好み」など,基本的な個人データを登録しておく。このあとは,サイト上で自分から相手候補を検索して交際を申し込む電子メールを出すか,あるいは逆に相手からメールが来るのを待つか,である。大体,男性が女性を検索し,女性側は電子メールを待つケースが多い。まあ,この辺りまでは日本と大差なかろう。

 日米サイトの大きな違いといえば,一つには米国では,利用者の入力する個人データが非常に詳細・多岐に渡ることだろう。同一民族の国民が多い日本とは異なり,他民族国家の米国では,「髪の色」「肌の色」「瞳の色」といった容姿から,「宗教」「生誕地」まで,いくらでも選択要素が出てくるのだ。そして米国人は,驚くほど,これらの違いを気にする。

 米国の出会い系サイト,すなわち「オンラインによるお相手探し」のすごいところは,上記のような細かい選択要素を「ハッキリと」指定できる点にある。こういうことは普通,面と向かっては言えないこと,いや「言ってはいけないこと」だ。例えばある男性が,会社の同僚の女性に,交際を申し込んで断られたしよう。その際,この女性が「ごめんね。あたし○○系アメリカ人以外の男性とは付き合いたくないの」とでも言おうものなら,翌日の職場は大変な騒ぎになるだろう。この女性はRacist(人種差別主義者)として,恐らく数日後には会社を去らねばなるまい。

 ところがインターネット(出会い系サイト)上では,みんな平気でこういうことを言っているのだ。何しろ,瞳や髪の色まで事細かに指定するのだから,「肌の色」なんて,もう基本中の基本である。「好みの相手」欄には例えば,「私と同じ○○系アメリカ人で,年齢は27~33歳,身長6フィート以上でないとだめ」などと書いてある。

 宗教も,米国では極めて重要な「選択」要素になる。同じ宗教の中でも宗派が異なると,両家の「ご両親」が渋い顔をする,などということも珍しくない。こうした微妙な違いが後日分かって困ったことになるより,先にデータとして入力しておくのが懸命だ,と考える人も多いだろう。こうした理由から,米国の出会い系サイトでは,やたらと細かい個人データを記載しておく,という事態になる。

 こうした選択要素が「直接会う前に」分かることは,出会い系サイトの“長所”となる。面と向かって,こういうことさえ言わなければ,お互い傷つけることも,傷つけられることもあるまい。また先ほどのような,面倒な騒ぎが起きることもない。

データの粉飾が頻繁に起きている

 逆に短所は,「個人データ」の粉飾が頻繁に起きることだ。「粉飾」,すなわち「自分を実際以上に良く見せる」ということだ。これは人情だからやむを得まい。宗教や人種を偽ることはあり得ないが,自分のルックスとなると,これはもう粉飾の「やり放題」である。例えば男性の身長は実際より平均4インチ(約10センチ)高く,女性の体重は実際より15ポンド(約7キロ)軽く,サイト上には記載されている,と言われる。もっとも男女とも,これは周知の事実だから,お互い,お相手候補の個人データは,ある程度「差し引いて」吟味している。

 冒頭で紹介した「ドンファン」大佐も,サイト上では身長を6フィート3インチ(約190センチ)と記載していたが,本当は5フィート9インチ(約177センチ)だったという。もっとも,この男性の場合,身長のゴマカシなんてゴマカシの部類に入るまい。ご本人の氏名と「アフガンに派遣された陸軍大佐」という事以外,ほとんど嘘だったのだ(それにしても,何で本名を登録したのだろう。これは不思議だ)。

 結局,米国版「出会い系サイト」上での「偽り」を極めるところまで極め,あらゆる問題を露呈したのが,「ドンファン」大佐のケースであったと言える。結果的に誘拐・殺人という最悪の事態ではなく,むしろ,どことなくユーモラスな事態に発展したことが,ある意味で米国らしい。こういうお国柄だから,日本のような危機意識の高まりが見られないのかもしれない。