「インターネット上の出版ビジネスは赤字に終わる」という先入観が,「今は昔」の話になって来た。少なくとも米国やカナダでは,もはや通用しない。デトロイトのInnovation International Media Consulting Group の調査によれば,米国とカナダにある118のインターネット新聞の6割は,「収支均衡か黒字」である(図1)。

 赤字から黒字への転換は,特に昨年から今年にかけて進んだようだ。一例としてNew York Times Digitalの収支状況を見ると,今年前半,劇的に収支状況が改善し,初の営業利益を計上した(図2)。通年でも黒字化は間違いない。

 同調査によれば,ラテン・アメリカと欧州諸国のインターネット新聞はいまだ,赤字のところが多い。ラテン・アメリカでは調査対象全体の71%,欧州では同58%が営業損失を出している。

 北米大陸のインターネット新聞が一足早く赤字を脱却したのは,世界中で最も早くオンライン出版に進出したからだろう。インターネット・ブームが始まったのは90年代中盤。そのころに開始して,7~8年をかけ,ようやく事業化に成功したようだ。あるいは「事業化の目途がついた」という表現が,より正確かもしれない。

「電子出版」への転換は長期的に見れば必然だが・・・

 新聞や雑誌などのオンライン出版,あるいはもっと一般的に言って「電子出版」への転換は長期的に見れば必然であろう。今のままでは,あまりに無駄が多過ぎる。バンクーバーにあるCanadian Centre for Studies in Publishingの調査によれば,カナダで発行される新聞紙面全体の90%は,目を通すことなく捨てられる。また売店などに置かれる雑誌の半分は,買われることなく捨てられるという。

 国による違いはあるにせよ,日本でも状況は似たようなものだろう。歴史は巨視的にみれば合理的な方向に進むから,そうした資源の無駄はいつか許されなくなるはずだ。紆余曲折を経るにしても,徐々に出版は電子化に向かうだろう。問題は何をきっかけに,それが進むかである。

 今年に入ってのインターネット新聞の黒字化は,「広告収入の急減」という逆風の下で達成された。米国の広告売り上げが全般的な不振にあえぐ中,順調な増加を続けてきたインターネット広告も2001年から下降に転じ,今年に入っても前年比で20%減少している(関連情報)。こうした苦境を克服しての黒字達成だけに,オンライン出版の実現可能性をより強く訴えかける結果となった。

 もっとも,それは「事業規模の縮小」という代償を払ってのことだ。たとえばNew York Times Digitalは昨年から今年にかけて2回のレイオフを断行し,全体で三分の一の人員を削減した。現在の人員数は約220名である。これは必然的にサービスの低下に結びつく。ニューヨーク・タイムスのホームページは,インターネット・バブルの最盛期には頻繁に内容が更新されていたが,今は基本的に一日一回しか更新されていない。

 New York Times Digitalは過去に掲載された記事や,タイムスの著名コラムニストが書いた長文記事をWeb上で販売するなど,有料サービスにも力を入れている。とはいえ,有料コンテンツの比率は未だ微々たるもので,同社の売り上げ全体の10%程度である。今でも売り上げのほとんどは,広告収入から来ている。

 New York Times Digitalは今後とも「通常の記事は無料で提供して行く」方針を明らかにしている。これはワシントン・ポストを始め,米国の一般紙全体を通じていえることだ。彼らがトレンド・セッターの役割を果たしているので,インターネット上の新聞は今後とも基本的には無料で読めるはずだ。

 結局,インターネット新聞が黒字に転換できたのは,これまでの事業拡張から縮小路線に切り替えたからに他ならない。事業モデルや技術面で,とくに目新しいブレーク・スルーがあったわけではないのだ。従って今のままでは,オンライン出版がこれから大きく成長することは難しい。

 ニューヨーク・タイムスにしてもワシントン・ポストにしても,Web上に掲載された情報のほとんどは,紙の新聞に掲載された記事である。この使用料として,New York Times Digitalは親会社のタイムスに売り上げの10%を納めているが,これは格安のレートである。彼らが取材からオリジナル記事の執筆までやるとしたら,とても今の状態では経営が成立しない。つまりオンライン・ビジネスは今のところ,本体の新聞ビジネスの付帯事業として,何とか成立したに過ぎないのだ。

成長のカギはインターネット広告の有効性

 新聞をはじめオンライン出版(電子出版)が今後一本立ちできるかどうかは,一つにはインターネット広告の有効性にかかっている。現時点でも広告の売り上げは,部分的に「紙」から「インターネット」に移行しつつある。

 最も顕著なのは求人広告の売り上げで,これはインターネットが紙の出版物をどんどん侵食しており,追い抜く日も近い。不動産広告もどんどんインターネットに移行している。求人や不動産広告は,業界用語でいわゆる「三行広告(classified)」と呼ばれる小額の広告である。従って,広告売り上げ全体に占める比率も小さい。もっと大きな主流の広告がインターネットに移行するかどうかに,電子出版の将来は大きく左右される。

 出版が電子化されるための,もう一つのキー・ファクターは,ワイヤレス・サービスの普及具合である。日本ではWebやEメールを使える携帯電話が,今後どこまで質的な変貌を遂げるか。一方,米国では爆発的な普及を見せるWi-Fi(関連記事)が,どこまで勢いを持続できるかである。とくにハイテク好きでない,ごく普通の人々がカフェや公園でインターネットを利用する時代が訪れた時,初めて電子出版への具体的な道筋が見えてくるだろう。