全米で草の根的に拡大してきた無線LANを利用したインターネット接続が,いよいよ「主流化」する気配が出てきた。米国時間で12月5日,AT&T,IBM,そしてIntelの3社はベンチャー・キャピタル2社と共に,無線LAN技術の業界標準IEEE 802.11(別名WiFi)を使ったインターネット接続事業に進出する,と発表した(関連記事)。

 これらの企業は,Cometa Networksという合弁企業を設立し,全米2万カ所に無線LAN用のアクセス・ポイントを設置する計画である。Cometa Networksはホール・セール業者となり,ここから様々な企業や中小の通信事業者などがサービスを買ってリセールする。

 IT業界を代表する巨大企業がWiFiビジネスに参入したことによって,WiFiが一気にIT業界の中心的ポジションへと躍進した。これに対し,いわゆる第3世代技術(3G)に膨大な資本投下をしてきたAT&T WirelessやSprintなど携帯電話事業者は,危機感を抱き始めている。

米国では当初,趣味・ゲーム的な感覚で広まった

 WiFiによるインターネット接続は,2001年から2002年にかけて,急速に注目を浴び始めた。日本でも普及が進んでいる。例えば空港や駅,喫茶店,図書館など多くの人が集まる施設の中に,「アクセス・ポイント」を設置し,そこまで高速回線でインターネットを引いてくる。ここにWiFi対応のラジオ波発信装置をつなぐ。アクセス・ポイントから半径数十~100メートル程度まで電波は届くので,この空間内に無線LAN対応のノートPCやPDAを持ち込めば,高速でインターネットにアクセスできる。

 米国では当初,WiFiによるインターネット接続は,愛好家を中心に,趣味・ゲーム的な感覚で広がっていった。どこかの誰かがブロードバンド・サービスに加入し,この人が自宅のアクセス・ポイントからサービスを空中に飛ばす。すると,この家の周囲に金欠病の学生らが集まって,空中に漂うブロードバンド・サービスの恩恵に預かる,といった具合だ。

 これは,ブロードバンド・サービスの加入者が意図的に他人にサービスを使わせるケースだが,それだけではない。本人は自宅内だけで無線LANを使っているつもりが,電波が屋外まで漏れて,それを勝手に他人が使っているケースも珍しくなかった。こうなると,ちょうど宝探しの感覚で「Hot Spot」を探す人たちが出てくる。Hot Spotの探索装置を車に載せてドライブし,見つけた場所からインターネットを楽しむ。電柱やら塀やらに,「ここはHot Spotですよ」とチョークで書かれている場所もあるという。

 こういうことをされて,ブロードバンド事業者が黙っているはずがない。もともと契約加入者一人で使うべきサービスに,無数の人間がタダ乗りしたら,業者もたまったものではない。既にTime Warner CableやAT&T Broadbandなど主要業者は,Hot Spotをタダで提供している団体の摘発に乗り出している。

新興企業がWiFiビジネスに乗り出すが,倒産するケースも珍しくなかった

 米国では1998年ごろから,有料で無線LANによるインターネット接続サービスを提供する企業も生まれている。Boingo Wireless, Joltage Networks, T-Mobileなどの新興企業がそれである。彼らはコーヒー・ショップ・チェーンなど,街角のどこにでもある人の集まる場所に無線LANアクセス・ポイントを設置し,これを有料で使わせている。ただし企業経営は不安定で,あっという間に倒産してしまうケースも珍しくない(関連記事)。ネット・バブル崩壊の傷跡が生々しいだけに,文字通りベンチャー(冒険)事業という色彩が強かったのだ。

 しかし今回のように,巨大IT企業が参入したことによって,WiFiビジネスはさらに活気づくだろう。冒頭で「3Gに注力する携帯電話事業者が危機感を抱き始めている」と紹介したが,実際,両者は相補的に成長するというより,「モバイル・インターネット市場を食い合ってしまう」恐れもある。そして,少なくとも今の勢いでは,WiFiの方に分があるのだ。

 日本と違い,米国では携帯電話を中心にしたモバイル・インターネットが一向に普及しない。携帯電話からEメールを使用する人は,いまだにまれである。なぜなのかは分からない。「ライフ・スタイルの違い」としか説明のしようがない。街頭で携帯電話の小さなディスプレイからチマチマとメール文字やコマンドを打ち込むよりは,カフェの中にコンパクトなノートPCを持ち込み,さっと開いてインターネットを使う方がファッショナブル,と感じる人の方が米国では多いのだろうか。

 ともあれ,Cometa Networksのビジネスが軌道に乗れば,WiFiが一気にモバイル・インターネットの主役になるという見方すら生まれている。