(本記事は,「韓国ITベンチャー・レポート(上)」「韓国ITベンチャー・レポート(中)」の続編です)

 霞ヶ関のiPark Tokyoには,Daum Communicationのような韓国ITベンチャー20社あまりが日本事務所を構えている。しかし彼らの多くは,低コストの労働力を売り物にする中国企業のような際立った特徴が無いので,日本では苦労している。

 PKI(Public Key Infrastructure:公開カギ暗号を利用してネットワーク上で安全に情報をやりとりするための環境)関連ソフト・メーカー,SOFTFORUMが日本に進出したのは2002年2月。海外進出のきっかけは韓国の国内市場が飽和してきたことだが,アメリカよりも先に日本に来ることにしたのには理由がある。すなわちアメリカでは,米VerisignやアイルランドのBaltimore Technologies社など強豪が既に市場を奪っており,これから参入するのでは競争が厳し過ぎること。これに対し,日本のPKI関連市場は今からでも開拓の余地が残っていると判断した。

日本市場での品質に対する要求は思ったよりも高かった

 しかし実際に商売を始めてみると,日本市場は思ったより厳しかった。戦略的には「PKI自体は,日本市場でもVerisignとBaltimoreの壁が厚く,参入は難しい」と判断し,まずは関連のアプリケーション・ソフト販売から入ることにした。日本の商社を販売代理店として,企業用セキュリティ・ソフトを売り始めたが,これまでのところ売り上げはぱっとしない。2002年の売上げは約2000万円だったが,2年目となる昨年は1000万円を下回ってしまった。

 SOFTFORUM東京支社のマーケティング・アドバイザー,崔碩祐氏は苦戦の理由を「ある程度予想していたとはいえ,日本の品質に対する要求水準は思ったよりも高かった」と語る。

 「グローバル商品を日本用にカスタマイズする際,事前の用件定義が(日本では)非常に厳しい。わが社のシステム開発部が,それを全部確かめる前に,ある程度まで(日本向けカスタマイズ)商品を作ってしまった。これに対し日本の顧客から『これはウチの要求と違うから,作り直してくれ』とクレームがついた。これを直すのに,相当時間がかかった。そういう細かいところまで気を配るのは難しい。ただ,こうした経験によって,技術力はかなりアップしたと思う」(崔氏)

 同社は,その後,日本市場で吸い上げた要望を基にゼロから新商品「XecureOffice」を開発し,今年から本格的な販売に乗り出す。この商品に関しては,日本語版製品が先に生まれ,これを後から韓国語化する運びとなった。日本市場に対して,相当の力の入れようであることがうかがえる。

 韓国と日本での,品質に対する認識の違いというのは,他からも聞かれる。たとえば前出のソフトウエア・メーカー,FORCSの場合,商品の日本語化はあらかじめ韓国でほとんど済ませ,それを日本に持ち込んで,それ以降は提携先の凸版印刷のエンジニアと共同で完成させる。この最後の詰めが,一番厳しいという。

 FORCS東京事務所長,Lee, Jae-Jun氏によれば,韓国側が「ここまでやれば,もう十分だろう」と思っても,日本側はなかなか受け入れてくれない。特にユーザー・インタフェース周りの要求が厳しいという。

 「日本のエンジニアから『この部分を,ほんのちょっと変えてくれませんか』と言われるが,よくよく要求を吟味すると,その『ちょっと』を変えるのに2カ月かかったりする」とLee氏は苦笑いする。

基本的な技術力に見せる自信

 この半面,基本的な技術力に関しては,それ相応の自信を持っている。2000年から2001年にかけては,日韓両国のITバブルや目前に控えたサッカー・ワールドカップ共催も手伝ってか,一種の日韓交流ブームが巻き起こった。このため玉石混交の韓国企業が日本に進出したが,今は「本当に良い技術を持った企業だけが日本に来ている」(Lee氏)という。

 実際のところ,彼らが今の日本市場で,アメリカや日本メーカーを押しのけるだけの,技術面での圧倒的な優位性があるだろうか。技術的に韓国が日本を先行している領域といえば,冒頭で紹介したオンライン・ビデオゲームがそれに当たるだろう。ただ日本のゲーム・メーカーもここに来てオンライン・ゲームの将来性に注目し始めているので,今後この分野への投資を加速し,ぐんぐん追い上げて行くだろう。

 いわゆるデジタル家電やホーム・ネットワーキングなども,韓国政府が戦略的に育成を図っている技術分野だ。サムスンやLGなど財閥系企業に加え,iCubeのような新しいリーダーも育っている。しかしこれらの分野は今,世界中のIT企業が最も力を注いでいる領域だ。中でも日本メーカーは,デジタル家電分野で世界に冠たる力を誇っている。韓国メーカーがどれほど頑張っても,日本をはじめ国際市場で頭一つ抜きん出るのは容易なことではあるまい。

顧客への真摯かつ柔軟な姿勢で勝負する

 では今現在,日本に進出した韓国メーカーが何によって勝負しているのだろうか。それは日本の顧客に対し,出来るだけ真摯かつ柔軟に対応する姿勢である。

 例えばソフトウエア・ベンダーのアシストは,ある種のコンテンツ・マネジメント・ソフトの中で,米国製と韓国製を比較した末,韓国製商品の方を売ることに決めた。韓国製は米国製よりバグが多いなど品質面で若干の問題があったが,日本にいる担当者の対応が非常に良かったからだ。アメリカ側の担当者には,何を言っても聞き入れてもらえなかったが,韓国側は素早く対応してくれたという。

 韓国企業のもう一つの長所は,思い切りの良い決断力だろう。たとえばMP3プレイヤーでは,日本メーカーが躊躇している間に米国市場を奪ってしまった。あまり細かいことは気にせずに,とりあえず何でもやってみようという姿勢は,むしろ米国企業と共通する面がある。こうしたワイルドな企業体質を,万事に慎重で手続きを踏む日本の風土で,どのように活かして行くか。その具体的な手法が,日本市場での成功の鍵となるだろう。

(小林 雅一=masakazukobayashi@jcom.home.ne.jp)

■著者紹介:小林 雅一(こばやし まさかず)
ライター。慶応義塾大学メディア・コミュニケーション研究所・非常勤講師。2004年
2月までIT Proにて,コラム「米国最新IT事情」を執筆。著書に「隠すマスコミ、騙されるマスコミ」(文芸春秋,2003年5月発行),「グローバル・メディア産業の未来図」(光文社,2001年12月発行),「スーパー・スターがメディアから消える日――米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。東京大学理学部卒。