日本国内で今まさに実用化に向けた議論が進められている「電力線通信」。欧米をはじめとする世界各国では,続々と商用サービスが始まっている。そこで電力線通信に詳しい情報通信総合研究所情報流通マーケティング・ソリューション研究グループの大黒能寛リサーチャーに,電力線通信をめぐる海外事情を聞いた。(聞き手は山根 小雪=日経コミュニケーション

--世界各国での電力線通信事情を教えてほしい。

 世界各国で屋外でのブロードバンド・アクセス手段としてサービス提供が始まってきた。トライアルは世界中で実施されてると言っていい。屋内での利用は既に多くの国で可能になっている。
 米連邦通信委員会(FCC)は,2004年10月に屋外でのアクセス回線として電力線通信を認可した。欧州も既に,ほとんどの国が何らかの条件付きで認可済みだ。特に欧州では商用サービスのユーザーが徐々に増えてきている。スペインでは複数の電力会社がサービスを提供中で,ユーザー数を数万規模にまで増やしているサービスもある。

--米国での電力線通信の位置付けを教えてほしい。

 米国の電力線通信は,ブッシュ大統領のルーラル戦略に組み込まれている。ブロードバンドの行き渡らない地方で,電力線通信によるブロードバンド・アクセスがディジタル・デバイド対策になるというのである。
 だが実際のところは,ユーザー数の多い都市部でのサービス展開が主流になりそうだ。電力線通信をアクセス回線に使うには,1~2kmごとにリピータを設置する必要がある。また,屋外に設備を設置すると保守費用も発生する。地方ではなかなか採算が合わないというのが実情ではないだろうか。
 とはいえ米国では実証実験が活発化している。商用化に踏み切る企業も出てきた。サービス提供のモデルには,1)自治体や電力会社の保有する電力線と借りてサービスを提供する,2)電力線を持っている事業者が自らサービスを提供する--二つがある。
 一方で,米国内には1000~2000ある電力会社間の競争は激化しており,ブロードバンド・サービスを新たに展開する余力がない電力会社もある。そういった電力会社では,新たなサービス提供ではなく,自動検針など自社の業務効率化に使いたいという思惑があるようだ。

--世界で最も進んでいると言われる欧州の状況は。

 欧州ではようやく芽が出てきた。ドイツは世界に先駆けて1990年代末にサービス提供を試みたが,時期がいささか早すぎた。現在では,スペインのエンデュサなど資金力のある電力会社が商用サービスを提供し,加入者数を伸ばしている。
 そもそも欧州には,電力線通信が普及するための環境が整っている。欧州は石でできた建物も多く,穴を空けることができない。屋内でのネットワーク配線を新たに敷設するのが困難なため,既存の電灯線が使える電力線通信のニーズが高まっている。しかも,電力線の地中化率が数十%と高く,他の無線通信への影響が抑えられるため,実用化のハードルが低い事情もある。ちなみに,日本国内での地中化率は10%にも満たないだろう。また国策として,アジアに遅れをとったブロードバンド戦略の巻き返しと,独占に近い通信事業の競争を活発化させるために,電力会社を参入させたいとの思惑がある。
 
--電力線通信は欧州で一気にブレイクするのか。

 欧州で芽が出てきたといっても,加入者数は最大規模のスペインで数万程度。そのほかは数千単位だ。スペインの人口が4千万人と考えると,まだまだ少ない。
 一気にブレイクするとは現時点では言い難いが,今後も徐々に加入者数を伸ばすだろう。もし,通信事業者がADSL(asymmetric digital subscriber line)などブロードバンド・サービス料金の値下げをしなかったら,電力線通信は一気に日の目を見るかもしれない。だが通信事業者が電力線通信を脅威に感じたら,値下げなどで対抗するだろう。

--日本の状況は世界各国と比べてどうなのか。

 電力線通信を取り巻く状況は,国によって大きく異なる。だが,日本は世界を見渡してみても明らかに特殊だ。
 ブロードバンドが普及していない国では,屋外でのアクセス回線に電力線通信が使えれば,大きな経済効果が見込める。だが,日本はADSLやFTTH(fiber to the home)が普及しており,屋外利用では経済効果が見込めない。
 一方で,現在実用化が検討されている屋内での利用は,かなりの経済効果が見込める。そもそもホーム・ネットワークは,ブロードバンドが普及した後に花咲くものだ。国内の家電メーカーにとって,ホーム・ネットワークは得意分野。世界に打って出られる可能性もある。