「ICタグ」は、ブームと呼ぶべき熱気の真っただ中にある。この1年あまりで、国内外のユーザー企業やベンダー、研究組織、業界団体が相次ぎICタグの実用化に向けた活動を開始した。ICタグの本格的な実用化はすぐにでも始まりそうな気配さえ漂う。
だが、本当にそうだろうか。ICタグの実証実験を進めている先進企業は「ICタグの実用化はそう甘くない」と異口同音に指摘する。データをいかに正しく読み書きするか、プライバシの侵害をどう防ぐかなど、実用化に向けて考えるべき課題は山ほどある。先進企業の実験結果を通じて、ICタグの問題点とその可能性を改めて検証する。

(栗原 雅)

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Part1お祭り騒ぎの向こうには課題が山積
Part2実証実験で見えてきたICタグ利用の難しさ
Part3コスト、標準化、プライバシ保護 一致団結して3大課題に挑む
米国レポート オートIDセンターの実態に迫る


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Part1
お祭り騒ぎの向こうには課題が山積

お祭り騒ぎ――ICタグを取り巻く現状は、こう呼ぶにふさわしい。ユーザー企業もベンダーもICタグの可能性を信じ、だれもが大きな夢を語る。ICタグにそれだけの価値があることは間違いない。だがその一方で、ICタグの実用化を阻む数々の懸念材料が浮上している。

 「定刻より早く到着したのに、どうして中に入れないんだ!」。会場に入場できなかった数十人の聴講希望者は、入り口付近で口々に不満を述べた。今年6月、米シカゴで開催された「RFID Journal Live!」の基調講演会場での出来事である。

 RFID Journal Live!は、米国のICタグ専門誌が主催するICタグ関連の国際的なイベント。米国や英国の著名なユーザー企業やベンダー、政府の講演を聴くために、欧米から300人を超える聴講者が集まった。基調講演を務めたのは、英衣料品大手マークス・アンド・スペンサーの食品物流管理責任者。基調講演の開始は午後5時45分。会場は、そのはるか前から満員だった。

 入場できなかった人たちはその場にとどまり、対応策を示すよう主催者に詰め寄った。結局、録音した基調講演をインターネット経由で提供することで話がまとまり、混乱は静まった――。

 これはICタグの「過熱ぶり」を示すほんの一例である。いまやICタグ関連のイベントは国内外を問わず、超満員になるのが珍しくない。今年7月に開催されたICタグをテーマとした「世界情報通信サミット」(主催は日本経済新聞社)では、定員500人のところ約6000人の参加申し込みが殺到した。

欧米企業が具体的な採用計画を明言

 いま注目を集めているICタグとは、超小型のIC(集積回路)チップと、無線通信用のアンテナを組み合わせた小型装置である。「リーダー/ライター」と呼ぶ無線通信装置を使って、ICチップにデータを書き込んだり、そのデータを読み取ることができる。

 ICチップそれぞれに固有なID情報を記録して商品一つひとつに取り付ければ、文字通り『単品管理』が可能になる。これが「損失の防止や利益の向上に役立つ」として、昨年から急速に脚光を浴びるようになった。

 今年に入って、ICタグの実用化がにわかに現実味を帯びてきた。ICタグの検証結果に基づく期待感や、導入に向けた具体的な計画を公表する企業が欧米で相次ぎ登場したからである。

 「これまで検証を重ねてきた結果、特に倉庫の運営にかかる人件費の削減効果を期待している」。米日用品大手ユニリーバで次世代SCM(サプライチェーン管理)プロジェクトを統括するサイモン・エリス氏は、RFID Journal Live!の講演でこう語った。英小売業大手ウールワースでICタグの導入を牽引するジェフ・オニール氏も、「今年中にICタグの活用を始める」と明かした(詳しくは6月30日号14ページを参照)。

実証実験に乗り出す国内企業が続々

 ICタグを取り巻く熱気は日本にも飛び火している。今年に入り、ICタグの実用化に向けた活動が活発化し始めた。口火を切ったのは、欧米企業を中心にしたICタグ関連の標準化団体「米オートIDセンター」(図1[拡大表示])。1月に慶応義塾大学に研究拠点を設置した。国内企業中心の標準化団体「ユビキタスIDセンター」も3月に登場した。

図1●ICタグを巡る国内の主な動き

 政府も積極的に動いている。経済産業省は2月に民間企業約20社と大学などで構成する研究会を発足。商品のトレーサビリティ(生産履歴の追跡)を題材に、ICタグに格納するのに適したコード体系を約2カ月かけて検討したり、運用上の課題などを洗い出した。

 ICタグの実証実験に乗り出すユーザー企業も相次いでいる。食品スーパーのマルエツは1月から、生鮮食品や加工食品の管理にICタグを使えるかを検証している。日本航空は2月に、空港における国際輸入貨物の管理を対象に実験を開始した。4月になると、コンバースジャパンが運動靴の在庫管理、靴や革製品を扱うバリージャパンが倉庫から店舗への物流管理に関して、それぞれICタグの実証実験を始めた。

 多くの企業は、まだ基礎的な実証実験を終えた段階にすぎない。集英社や講談社といった書籍業界が期待している盗難防止や、高級品ブランドが考える模倣品排除のように、まだ構想段階のものも多い(図2[拡大表示])。それでもICタグが実用化に向けて大きく前進していることは間違いない。

図2●国内におけるICタグの応用分野の例と実用化の進捗状況

ウォルマートとベネトンが採用撤回

 ところが今年7月中旬のこと。ICタグの導入機運に水を差す事態が発生した。欧米のマスコミが一斉に、「米ウォルマート・ストアーズがICタグの実証実験を中止する」と報じたのだ。

 ウォルマートが中止したのは、米かみそり大手ジレットとの共同実験である。ジレットが替え刃のパッケージにICタグを付けてウォルマートに納入。ウォルマートがリーダー/ライターを設置した棚に替え刃を陳列することで、在庫管理の精度向上や盗難防止に効果があるかを検証する計画だった。

 ウォルマートは計画を中止した理由を正式には公表していないが、プライバシの侵害を懸念する消費者に気を遣った可能性が高い。ジレットの取り組みに精通している英レスター大学講師のエイドリアン・ベック氏は、「『商品を買って店舗を出た後も追跡される可能性がある』、『プライバシが侵される』と考える消費者から強い反発が出ることを、ウォルマートは心配したのではないか」と証言する(ベック氏への当サイト独占インタビュー読者限定「ICタグの普及には問題が山積」(6月3日公開)はこちら)

 今年春には、イタリアの有名アパレル・メーカーであるベネトン・グループもウォルマートと同様の措置に踏み切った。オランダのICタグ・ベンダーであるロイヤル フィリップス エレクトロニクスは3月に、「ベネトンがサプライチェーンにおける商品の追跡管理に、フィリップス製のICタグを採用する」と発表。その直後に消費者団体が「追跡装置が付いたベネトン商品は買うな」と不買運動を起こした。

 これを知ったベネトンは4月、「当社のブランド名で製造、販売した商品にICタグは付けていない」と珍しい発表をした。プライバシの侵害を懸念する消費者の声に反応した結果である。

実験から技術的な課題が浮き彫り

 すでにICタグの実証実験を進めている企業は、ウォルマートやベネトンが直面したプライバシの問題のほかに、数々の課題に直面している。


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