動かないコンピュータForum


動かないコンピュータ・フォーラム 第37回

カヤの外の国民に残る不満と不安

動かないコンピュータ・フォーラム 主宰者
中村 建助=日経コンピュータ編集

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 今回も、皆さんから非常に参考になるご意見を頂きました。有り難うございます。  やはり、住基ネットの現状については厳しい声が多いようです。システムの共同化事例としての問題点に加えて、導入までの過程で国民一人ひとりが納得できる説明を受けていたとは思えない点を、疑問視するご意見を複数頂きました。住基ネットの今後の運用には、いくつもの課題が残されたままだと言えるのではないでしょうか。

投資対効果から提供方式まで課題は様々

 9月26日には、住基ネットが成功なのか失敗なのかについての論点をまとめたご意見を頂きました。非常にまとまったご意見だと思いますので、冒頭でご紹介します。

 論点を整理すると下記のようになると思います。

1.ROI(投資対効果)の問題
2.品質の問題:監査方式、品質管理体制、セキュリティ監査・評価制度
3.制度設計の問題:法制度の整備・強化、受益者への負担方式、サービス提供方式、小規模自治体への提供方式
4.地方自治体における合意形成の問題
5.制度の必要性の問題

 どれも、当たり前の問題であり、事前に関係者内部で議論されていないとは考えられません。問題はこのような当たり前のことが事前に国会や専門委員会で真剣に議論されてこなかったことにあると思います。

 これは真の受益者である国民に対してこの制度をベースとして国民・市民への行政サービスの向上や国家全体の生産性、国際競争力の向上が可能であることが前提でなければ、単なる経済政策としてのハコモノ行政に過ぎないという結果になり、失敗とか成功とかはあまり意味をなさないことになります。また、税制、年金、医療、教育などにも踏み込んだ議論が必要ではないかと思います。
(30代、システム・インテグレーター、コンサルタント)

 住基ネットをシステムの共同化事例として考えた場合、ROIの視点で見るとどうなるでしょうか。残念なことですが、評価が不可能というのが現実だと思います。住基ネットが全国の自治体が運用することを前提として、そのROIを公表することは住基ネットの運用に当たって是非必要なことだと思われますが、現状はそうではないからです。

 前回の動かないコンピュータ・フォーラム「住基ネットはシステム共同化の失敗例なのか」でも触れましたが、住基ネットの運用には年間で役190億円というコストが必要となります。にもかかわらず、現時点の住基ネットのROIがどうなっているかについての定量的な説明はありません。

 住基ネット導入の旗振り役である総務省が強調する、「個人認証システムの基盤」としての住基ネットのROIについても、一体どの程度なのかは不明です。今、全国の地方自治体は「電子自治体」を進めています。電子自治体構想のなかには、電子申請システムの整備も含まれています。であれば、住基ネットを利用した個人認証システムが、電子自治体の利用に当たって、どういったコスト・メリットをもたらすのかを明確にすべきでないでしょうか。

 住基ネットへの参加の見直しを進める長野県によれば、住基ネットの運用に必要なコストは年間で5億円に達するといいます(構築のためのコストは22億円)。長野県は同時に、住基ネットのセキュリティを強化するためには、県内だけで今後5年間に80億円が必要になるという試算を発表しています。

 実稼働後に運用コストの見直しが発生することは、システムの世界では珍しいことではありません。住基ネットの本格稼働がスタートしたいまこそ、実態を踏まえた住基ネットの運用コストの試算・公表が望まれているのではないでしょうか。

セキュリティという品質への批判も強い

 9月17日と18日には、住基ネットは共同利用するシステムとしての品質に問題があるというご指摘を頂きました。いずれのご意見も、住基ネットにアクセスする関係者に対するセキュリティの強化が必要な点を指摘されています。どちらのご意見でも特に運用面について問題視されています。

 住基ネット自体は必要なシステムです。ただし、そのあり方に問題が多すぎます。まず、情報漏洩時の役人の処罰が軽すぎる点とネットワークの公開性と安全性確保の保証の釣り合いが取れていない点で、システムとしての整合性が取れていません。特に後者は、ネットワーク自体接続していなくても、隣の端末がインターネットに接続されていれば、すぐ漏洩できる状態である点にも配慮がありませんし、システムの一部がインターネットに接続されている時点で、重要な独立性が保持できていません。

 アクセス者のIDチェックやデータの暗号化、アクセスログによる接続者の特定と管理などの運用上の問題も多々あり、非常に大きな問題と思えます。しかも、非特定多数のデータにアクセスする役人のうち、技術や運用上の欠点を知っている数が決定的に少ないため、データの重要度と運用上の留意点が結びつかず、このままでは確実にデータが漏れる事になると危惧しています。まず、アクセスするメンバの固定化とセキュリティの保持、運用面での強化をしない限り、反対の意見は減らないでしょうし、失敗とされてしまうに違いありません。
(30代、システム・インテグレーター、コンサルタント)

 住基ネットは、全国にあるたった一つの自治体かつ一人の操作で、全国民のデーターが漏洩する危険がある。皆さん仰せの通り、自治体職員の意識改革と罰則の強化が求められる。☆住基ネットとインターネットや庁内LANとは完全に切り離すべきであるし徹底させるべき。

 ☆改善策だが、自分の居住する役所以外で利用する場合には、「住民がパスワード入力」または「住基ネットカードを挿入」しなければ、情報が利用できないようにする、必要以上の端末操作があった場合警告が発せられる等の対策が必要だと思うが、どうだろう。そうすれば、自治体職員の遊びでのアクセスや情報漏れは最小限になると思うが。

 ☆住基ネットは最終的に健康情報、収入情報、犯罪歴、年金情報も入力することは明白であるが、政府はかたくなに拒否・否定している。そういった嘘をつく体質が、住基ネット反対の風を作っていると思うので、正直に情報を公開し、国民と論議すべきである。☆最終的には個人が参加・不参加を決定すべきであり、不参加時の不利益は本人の責任とする方法が良いと思うし、民主主義である。強制参加では、某国のようである。
(40代、その他、研究・開発部門)

 偶然の一致でしょうが、ここのところ企業が情報システムに記録した個人情報が漏れる不祥事が頻発しています。こういった不祥事を経験した民間企業では、情報漏洩に関する罰則を強化することが珍しくありません。少なくとも罰則規定の強化には、システムへの追加投資は発生しません。

 前回の動かないコンピュータ・フォーラムでは、本格稼働直後にトラブルが起きたことについて触れましたが、小規模なシステム・トラブルを含めればその数はもっと多くなります。本格稼働後には、住基ネットのプログラムの不具合も見つかりました。

 繰り返しになりますが、稼働後にシステムの運用を見直すのはごく当然のことです。住基ネットのセキュリティについても何らかの措置を検討してよい時期ではないでしょうか。

「中央集権型」でないことへの批判も

 9月17日と25日には、住基ネットの運営・改善についての主体となって進めている機関が存在しないことについてのご意見を頂きました。

 自治体主体としたのが、そもそも失敗だと思っています。自治体によってニーズが異なる細かな行政サービス等のデータ活用段階の応用機能は、自治体やその共同体に任せた方が良いと思います。しかし、住民基本台帳の基本的なデータベースや入出力機能は総務省(国)が主体となって開発・運用及び費用負担をして、頑強な中央集権型のシステムにすべきだったと思います。

氏名・性別・住所・生年月日・住民票コードに関する入出力の機能要件は共通なのでしょうから。その方が全体としてシンプルな構成となり、安全性や経済性からも望ましい姿になっていたと思います。また、自治体間の共同化も、人的・時間的・経済的な負担が軽くなり、かつ共通基盤を前提にできるので、もっと進められたのではないか?と思います。
(30代、ユーザー企業、システム企画部門)

 システムの詳細が見えないので失敗だったかどうかの判断はつかないが、導入手続きが成功したか?と聞かれれば、失敗だろうと思う。本当は銀行の端末も全銀のネットワークを通して全国が繋がっている。しかし、これをことさら問題視する顧客はいないだろう。

 本来、住基ネットは住民情報を流すための基本的なプロトコルが定められた、特定のデータしか流れない基盤ネットワークであるべきだったと思う。(全銀のネットのように)そして、各自治体はプロトコルに従い、計画配布される操作システムを使うか、自前で作成するか、または共同センタなどのようにASPを利用するかが選べるようになっていればよかったのではないか。とりあえず、導入は失敗だったのだろう。
(40代、システム・インテグレーター、システムエンジニア)

 住基ネットの導入には、全国の地方自治体の首長などで構成する複数の団体が賛意を表明していると言います。しかし、現実の住基ネットをどうすべきなのかについて、これらの団体が中心となって意見を提出しているという声はあまりありません。

 こういった運用体制では、国民の側から見て、住基ネットに対して疑問を感じた場合に直接、その疑問をぶつける場所がなかなか見つからない、といった事態につながります。国民からの住基ネットへの批判が高まっている背景には、こういった運用体制の問題があることは記憶すべきだと思います。

 難しいことですが、住基ネットをよりよいものにするために、3200を超す全国の自治体の関係者の声を迅速に反映できる仕組みを是非つくるべきでないでしょうか。もちろん、こういった仕組みを作ったとしても、100万人を超す人口を抱える都道府県から小規模な市町村の直面する課題が同じものだとは限りません。

 すでに住基ネットが稼働していることを踏まえて、システムアナリストの青島さんからは以下のようなご意見を頂きました。

 住基ネットは、失敗でも無く成功でもない。すでに稼動しているという現実からは逃れられないし、これが廃止になることもあり得ない。しかし、システム共同化は、皆が多少の不便・不備はガマンして、相乗りするというモデルであるため、大成功(100点満点)は最初からあり得ない。

個の時代、地方の時代と言われて久しく、公衆浴場、映画館、乗り合いバス、大型汎用コンピュータ、これらシステム共同化モデルは、いずれも衰退の方向にある。住基ネットが同じ道を歩まないためには、住民個々人に対する地方行政サービスを充実していけるように継続的な改善をしていくしかない。それは、システム共同化か否かの二者択一問題ではなく、全体と個、両者のバランスを取る「人」の問題である。

 「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく、人の世は住みにくい。」とは言うものの、少しでも住みやすくなるように、もがき苦しむのも「人」なのだ。ERP導入で、現場の抵抗に合い、システム共同化に失敗して動かないコンピュータにしてしまうのは、「個」への配慮が足りずバランスを崩した結果ではないだろうか。 (システムアナリスト 青島弘幸)
(40代、ユーザー企業、システム企画部門)

 青島さんが指摘されるように、住基ネットの運用に当たっては「バランス」という視点が不可欠でしょう。住基ネットの運用に関わる課題を迅速に吸い上げる仕組みを作った上で、個別の自治体のニーズに応じた柔軟な対策を実施できるようにする。今から、住基ネットの利用を停止するのは簡単ではありません。であれば、難しいことでしょうが、こうした体制を取ることで、住基ネットに対する評価を改善させることが重要ではないでしょうか。

必要性を評価する声も

 以上、住基ネットの現状について厳しいことを書いてきましたが、9月16日には住基ネットの必要性を評価する声がありました。

 必要と思う。米国の社会保障番号の例に見るように国民にID番号があったときの利便性は計り知れなく、単なる住民サービス向上などの点だけでは評価できない。プライバシー問題を取り上げて反対している人たちの言い分も解るが現在社会において住基ネットを否定したところで同等の情報は別経路からすっかり漏れているのが実態である。

 実質的な側面から価値を評価して欲しい。共同使用システムとして、トップダウンで仕様から費用まで仕切る機能が必須であることは企業勤めの身としては当たり前と思える。特に外資系で有無を言わせず米国仕様のシステムを長年押し付けられている身としては。でも結果として部分最適したシステムを後からインテグレートするより細部は80点主義で我慢して全体で楽した方が良かったと思えている。
(40代、ユーザー企業、情報システム部門)

 現状の住基ネットのあり方を貫き通すのではなく、国民や自治体の現場が評価できるシステムに変えることによってこそ、こういった見方が増えてくるのではないでしょうか。

 なお、今回は頂いたご意見がいずれも長かったこともあって、通常よりも長めの総括編になりました。最後まで読んでいただいて有り難うございました。