動かないコンピュータForum


動かないコンピュータ・フォーラム 第27回

リストラで増える「動かないコンピュータ」

動かないコンピュータ・フォーラム 主宰者
中村 建助=日経コンピュータ編集

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 みなさんからも、国産メーカーのリストラが、動かないコンピュータの増加に影響しているとのご指摘をいただきました。

 先週からNEC、日立製作所、富士通という国産コンピュータ・メーカーが2002年度の決算を発表しました。リストラの成果なのか、確かに2001年度に比べ業績は回復しています。今回の決算発表の会場でも、NECと富士通の2社はソフト・サービス事業の重要性を明言しています。

 ですが、これからソフト・サービス事業を展開する中で、いかに経験豊富な技術者のみなさんを生かしていくのかということについては、これらのメーカーからは残念ながら何も聞こえてきません。国産コンピュータ・メーカーが、収益確保のために一層のリストラを進めれば、今後さらに「動かないコンピュータ」が増えることになるのではないでしょうか。

人材とともに“暗黙知”が消える

 4月17日には、この問題にま正面から答えたご意見を頂きました。

 最近の大手コンピュータ・メーカーが引き起こしたシステム障害は、ベテラン経験者がいれば回避できたように思えてならないものが多い様な気がします。やはりリストラの影響はないとは言えないと感じます。特にノウハウの共有(暗黙知の形式知化によるKM)は、IT業界のソフトウェア技術分野での成功例は聞いたことがあまりありません。

 多くの暗黙知に重要な経営資産が隠れたまま放出してしまうリストラが進行すれば、結局品質に跳ね返り信用に跳ね返るのだろうと思います。リストラをする目的と対象と必要性を経営陣が中長期的な視野で考えて行っているのかどうか?、その辺りに課題があるのかもしれません。

 ご指摘のように、ソフト開発の分野で“暗黙知”の分野を全社的なノウハウに変えるのは非常に難しいことだと思います。特にユーザーの業務を実際に知っているからこそ得ることができる生きた業務知識とでもいうべき部分を、データベース化する手法はまだ確立されていないような気がします。

 実は先日、たまたま優秀なプロジェクト・マネジャーとお話しする機会があったのですが、そのプロジェクト・マネジャーにも、その両腕となって働く黒子のような存在の方がいらっしゃいました。もちろん実務経験の豊かな方です。このプロジェクト・マネジャーも、「自分とともに働いてくれるこういったスタッフなしでは、プロジェクトを進めることは難しい」とおっしゃっていました。

 4月4日にはこんな書き込みを頂きました。

 以前、NのSEでした。Nの場合、本社若手SEの質の悪化対策とコストを下げる事が目的で、子会社のSEを集団で出向させてシステムを構築させていました。若手かつ子会社を使う事でシステム構築のコストを劇的に下げていたのですが、子会社のSEが死ぬほど頑張ってシステム構築を成功させても業績・評価に全く反映されず、低コストを維持するために低い賃金を保つ体質に嫌気がさし、多くの有能なSEが子会社を去っています。リストラというと年配のSEが対象のようですが、このような変形のリストラで表にならない方法もあり、それでしか会社を立て直せないようではベンダの技術力は下がる一方でしょう。

 ご指摘のように、単に経験豊富な技術者を社内から減らすことだけがリストラではないと思います。従来以上に子会社や協力会社と呼ばれる下請け会社を利用することで、開発費用を下げることもリストラの一種と言えるでしょう。

 数年前には、下請け会社に対する報酬額をある国産メーカーが一律で引き下げたことが話題になりました。同じ仕事をしているのに、従来よりも報酬だけが下がって同じようなモチベーションを維持するのは難しいはずです。モチベーションが下がれば、開発するシステムの品質が下がると考えるのは間違いでしょうか。

 さらに最近では大手コンピュータ・メーカーは人件費を削減する目的で、以前から取引のある会社の代わりに、中国やインドの企業を下請け会社として利用するようになっています。表面化はしていませんが、これら海外の企業を使いこなすことができずに、システム開発に遅れが生じているケースもあるようです。

この苦境はユーザーを育てるか

 リストラの問題のマイナスばかりを考える必要はないのかもしれません。こういったお立場からの書き込みもいただきました。

 ベテランのノウハウを今のシステム開発手法にあった形で引き継ぐことが必要だったのに、その前にベテランがいなくなったことがいまの混乱を招いていると考えます。またかつてのSE・プログラマの売り物の一つであった業務アプリをつくれる技術者がどんどん減っているように思います。銀行のシステム開発・保守に長く携わっているのでそれを痛感します。

 ただしメーカーの技術者がユーザーより業務を知っているなどといういびつな関係は時代にあっていないと思うし続けるべきだとは思いません。メーカーとユーザーの責任範囲が明確な体制に変えていくべきです。

 このご指摘は、4月19日にいただきました。メーカーとユーザーの責任範囲を明確化していくことは、現在の日本のIT業界がかかえる問題の一つだと思います。「動かないコンピュータ」が生まれる原因の一つでもあると思います。

 4月4日には大野さんからご意見を頂きました。確かにユーザーの立場から見れば、経験豊富な技術者のみなさんは魅力的な存在だと思います。

 非常に難しい問題をありがとうございます。さて、ここに示されているような人材の持っているノウハウに気付かず退社させてしまうケースが多いようです。しかし、スター達の陰に隠れて活躍していたこういった人材にとって、そのまま残って冷遇されるよりも良いことなのかもしれません。問題は、大切なノウハウが誰にあるのかということに気が付かないことなのだと思います。目立つスター技術者ばかりに目を奪われているのが現状ではないでしょうか?

 こういった状況を打開するには、ひとつは、ベンダーから独立した(追い出された?)技術者をコンサルタントとして契約する方法があるでしょう。こうすれば、もしかすると新しい産業が創造されるかもしれません。もうひとつは、発注する顧客サイドがもっと、ノウハウについて意識を持つことです。ハード価格はどんどん下がりますが、技術者の価格は放って置けば、だんだんと上昇します。ノウハウに支払う金額を意識せずにハードと同じように値下げ要求を強めれば、投入される人の質が落ちるのは自明と考えるべきでしょうね。
(大野 晋)

 現実にはまだ国産メーカーからの退社した技術者のみなさんが、コンサルタントとしてご活躍しているケースは少ないかもしれません。ですが、大手メーカーとの関係を変えようと考えているユーザー企業にとって、こういったコンサルタントは有用な存在となるはずです。ご起用をお考えになるのも一つの策ではないでしょうか。

 なお、安易な下請け会社の利用と動かないコンピュータの関係については、いずれこのフォーラムで取り上げたいと思っています。

 この原稿を執筆中に読者の方から「記事を公開するのが遅い」とお叱りのメールを頂きました。その通りです。次回からは締め切り厳守で望みたいと思います。