【 第1回 】 マネックス証券・松本社長,大いに語る

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ITコストを徹底的に下げる

 マネックス証券はこの3年間赤字で,赤字が拡大しています。それは当初から予想していたことですか。

松本 いや,当初予想ではもっと良いはずだったんですけど。何でこういうふうになったかというと,やはりマーケットがここまで冷えるとは思わなかったわけであって。それは逆に言うと,マーケットというのはそういうものであるので,「良いときもあれば悪いときもあるから,別に動じてもいないし,こんなものだ」と思うんですよね。ただ,マーケットにおけるシェアであるとか認知度であるとかは,振れはそんなに大きくなくて,ちゃんとした戦略を持ってちゃんとした努力をしていけば,伸ばすことが可能なものです。そういったことに関しては,しっかりできてきたと考えています。最終的な結果はマーケットの影響も大きく受けるので,それは致し方ないと私は思っていますけど。

 ネット証券の経営では、ITコストの占める割合は大きいと思います。口座数がどんどん増えていて,取引高もどんどん増えていくと,システムを増強していかないといけませんね。一般に,多くの経営者はITをどう活用するかで悩んでいますが,IT投資に対する基本的な考え方をお聞かせ下さい。例えば,「システムを自社で所有するのが良いか,アウトソーシングするのが良いか」といったあたりから。

松本 それは是々非々であって,ケース・バイ・ケースだと思うんですよね。ただ一般的には,IT,とくにインターネットというのは,電話とか自動車の発明と同じような類の発明だと思うんです。ということは,自動車を例にとると,車を作っているのは車屋さんであると。だけど,全員が車を使ってビジネスをしているわけですよね。車を作るのは車屋さんだけれども,車を運転しているのは運転手さんじゃなくて,自分たちですよね。自分の会社の人が運転してビジネスをやっていると。そのくらい大きな革命の場合には,それによって出現した道具というものは,だれか専門の人が担うんじゃなくて,極めて一般化するんだと思うんですよ。そう考えると,ITやインターネットとかそういったものも,だれかにまかせて,それをASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)的に使うというよりも,自分たちでしっかり作ったり使ったりしていくというほうが,恐らく自然な形なんじゃないかなと私は思います。

 そのほうがご自身の経営戦略に沿ったシステムができるわけですよね。

松本 まあ,そうですね。

 ただ,その一方でお金も当然かかりますよね。マネックス証券にかかるコストというのは,ほとんどが人件費とシステム費ではないかと思います。その中でシステム費の占める割合は相当大きいと思います。このコストをどう考えるかですが,例えば,セゾン証券と合併されたときにシステムを統合したと思います。あるいは,今注目されているDLJディレクトSFG証券との合併でも,システムの問題として統合する可能性もあるように思います。そういうときにITコストが,1+1+1=3ではなくて,1+1+1=1.5にしたいというお考えはおありですか。

松本 我々の仕事は本当に装置産業なので,システムに関するスケール・メリットというのはすごく大きいと思うんですね。一般的にわかりやすい例を挙げると,100のサービスをしなきゃいけないときに,100のキャパシティ(性能)のサーバーが何台要るかというと,コンティンジェンシー・プラン(=万が一のときにちゃんとサービスを出し続けられるということ)を考えると,2台必要なわけですよ。2台の100のキャパシティのサーバーを50%ずつ使っていると100のサービスができて,1台倒れても100動くからサービスを続けられる。じゃあ,200のサービスをするにはどうしたらいいかというと,100のキャパシティのサーバーが3台必要で,それぞれ3分の2,67%ずつ稼働させると全体で200で動きますから,1台倒れても,残りの2台を100にすると200できる。そうすると,100には2台必要なのに,200人は3台でいいわけですよ。ということは,100のサービスをしている会社が2社くっつくと,サーバーはそれぞれ2台ずつあるんですけど,4台必要ないわけです。3台でいいと。1台除却しなきゃいけないんですが,除却した後は,これからの将来に向けてのコストというのは4分の3になる。例えばですよ。これは極めてイメージ的にわかりやすい例を使って言ったんですけど。そう考えると,合併などに伴うシステムに関するコスト削減のメリットというのは極めて明らかで,しかも大きいということは言えると思うんですよね。

 セゾン証券と合併したときは,そういう効果は実際にあったんでしょうか。

松本 マネックスとセゾンでは事業の規模が随分違いました。それに,当時,マネックスはその1年前にシステムの大増強をして,キャパシティ的にかなり余裕があったんですよね。なので,セゾンとの合併のときには,遊休資産というか,休んでいるキャパシティのところにセゾンの分を埋めたという感じのほうが近いと思います。

 そういうことですか。それは1+1が2以下であると。

松本 というか,1+0.3が,やっぱりまだ1だったということですよね。

 そういうことですか。ただ,それはハードの話ですね。それぞれのソフトが違うと,やはり作り直すか,手を入れてつなげるかという話になりますね。

松本 それはある程度そうだと思うんですけどね。

 そのコストはかなり大きいような気がしますが。

松本 大きいといえば大きいですけど,ある意味ではたかがUNIXですから,それはそんなに大したあれじゃないです。

 そうですか。わかりました。

好球に備えて,素振りをしよう

 同じネット証券会社の松井証券は黒字を出しているし,業容も拡大しています。松井証券のビジネスをどのようにご覧になっていますか。

松本 ビジネスとして考えると,企業として大変いいパフォーマンスだと思います。ですから,ビジネスマンとしての松井社長というのは尊敬しています。ただ,私としては,日本における個人向け金融市場というか金融ビジネスをどう描いていくのかというところにおいては,松井証券とマネックス証券というのは明らかに全然違う絵を見ているわけです。我々は今までにない,もっと民主的で透明なものを作っていきたいと考えていて,それはやはり当社の場合には少し特異だと思うんですよね。だから,そういった意味で,松井証券とマネックス証券というのは極めて違うタイプの会社であると。旧体制に対する挑戦だとかそういった点では,実は根っこは似ている部分はすごく多いんですけれども,ただ,ビジネス・モデルとしてはすごく違うと思います。

 松井道夫さんに何かメッセージがあれば,一言おっしゃっていただければ。

松本 松井さんもよくおっしゃっていますけれども,敵はお互いではないと。敵は旧体制であると。私もそう思っているので,その根っこの思いは一緒で。でも,やり方というか,描いているものは違うと。でも,敵は同じ場所にある。ですから,ある意味で良き同盟者として頑張っていきたいと思っているので,末永くよろしくお願いしますと,そうお伝えください。

 それでは,最後の質問です。若手のビジネス・パーソンたちに,先輩の松本社長から何かメッセージがあれば,お聞かせ下さい。

松本 そもそも,自らの力の向上に関して努力していなかったら論外だと思うんですが,おそらく多くの人は「自分にチャンスがめぐってこない」とか,「あの人のほうがいい部署にいる」とか,「先輩のほうがいい時代だった」とか,「自分のところには良い球が飛んでこない」というように思いがちです。そういうときに,ちょっとやる気を失うとか,必死に努力するのをやめるとか,ありがちだと思うんですよ。私が思うには,野球みたいなもので,ボール球だけだと野球は終わらないんです。絶対ストライクを投げないと野球は終わらないので,好球は必ず来ると。それに備えて,常に素振りをしっかりやっていれば,必ず好球が来たときにちゃんと打ち返せる。そういう考え方をするといいんじゃないかなと何となく思いますけど。

 マネックスが3歳ですが,松本さんは何歳までこの仕事を続けますか。

松本 マネックスという会社自体は,50歳,100歳と,ずっと生きていってほしいと思っています。でも,私自身は……。

 目標はやはり,このインタビューの冒頭で話題になった16年ですか。

松本 とりあえず16年というと,あと13年ですか。長いですね。

 今度こそ大学は卒業していただいて。

松本 そうですね。大学院ぐらい。

 大学院まで行きますか。

松本 やっぱり私は学士なので,修士ぐらい欲しいなと思っております。

 なるほど,そうですか。今日はどうもありがとうございました。

松本 ありがとうございました。


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  撮影:仁科 保司   編集協力:小松 崇