海外に遅れること2年,ようやく日本にも,インターネット経由で音楽配信をするiTunes Music Store(iTMS)が上陸する。本丸のAppleはまだ沈黙を守ったままだが,楽曲を提供するエイベックス・グループ・ホールディングスが東証一部上場企業としてのIR活動の一貫として現況を発表したことで,iTunes Music Storeの日本上陸が確実であることが判明した。

同種の配信ビジネスとは2ケタ違い

 インターネットを通じて音楽を配信するサービスは既にたくさんある。日本でもソニー・ミュージック・エンターテインメント(SME)など主要レコード会社が出資するレーベルゲートが運営するMora(モーラ)など複数のサービスが存在する。しかし,業界最大手であるMoraでも,月間ダウンロード数は30万曲台。一方,iTunes Music Store(以下iTMS)では1日,100万曲(月間3000万曲)ペース。まさに2ケタ,ビジネスの規模が違う。

 2005年7月18日,AppleはiTMSからのダウンロード件数がサービス開始以来,5億曲を超えたことを発表した(関連記事)。ユーザーは無料の違法な音楽交換サイトなどから音楽をダウンロードするより,きちんとお金を払い,信頼のおけるファイルをダウンロードして楽しんだほうがはるかに良いという選択をしたことの証である。

 私もかつてNapstarなどが華やかなりしころ,好みの音楽を探してみたことがある。学生時代に,キャンパス近くのジャズ喫茶でよく聴いた,あの懐かしのジャズ楽曲を検索すると,あるある。山のようにリストされる中から,一つ選んでダウンロードすると,延々待ち行列に入る。数10分後にファイル転送が始まるものの,途中で先方のサーバーが見えなくなり,やり直し,何とか稼働中の別サーバーを探し出して,やっとの思いでダウンロードが済んだと思うと,ラフなリッピングのため,音質が満足できないものがほとんど。中には途中で切れてしまっているものまで。アルバム・タイトルや参加ミュージシャン,楽曲のデータに一貫性がないから,アルバム単位で全部揃えるのは至難の業となる。

 これがiTMSなら,アーティスト名,アルバム・タイトルなどで自在に検索でき,30秒間は実際にダウンロードしてくるファイルと同じ高音質で試聴でき,リーズナブルな値段(米国では99セント)でいつでも手元のパソコンにダウンロードしてこれる。自分側のネット環境さえ確実なら,上述のP2Pダウンロードのように不安定な接続に悩まされることもない。P2Pで不確実な音源を,時間をかけて探し回るより,はるかに気持ちがいい体験ができる。だからこそ,音楽愛好家はお金を払いiTMSを積極的に使おうとするのだ。

 ジャケット写真もきちんと付いているし,楽曲名やアルバム・タイトルもレコード会社が提供した通りの正しい情報がくっついてくる。音質も,大型のハイファイ・ステレオ装置でじっくり楽しめる品質のものが手に入る。

 しかも,iTMSのレコメンデーション機能を使い,同じような感覚を持った楽曲を他の演奏者の中から見つけるなど新しい楽しみにも広げていける。150万曲の品揃えの中から好みの曲を探し出せる楽しみは,これまでアナログの世界ではできなかった新しい体験だ。

 誤解されやすいので,確認しておかなければならないのは,iTMSからダウンロードした楽曲はプロテクトされており,他人に譲り渡しても再生できないことだ。

 iTMSの楽曲配信制限は比較的緩い。最大5台のパーソナル・コンピュータで使え,CD-Rに曲を記録する際は同じプレイ・リストであれば最大7回まで記録でき,何回でもiPodへ転送できる。しかし,それは権利を買い取ったユーザーに限られる。ユーザーIDとユーザー自身が設定するパスワードで認証をかけたときに上記の権利が与えられるのだ。楽曲を買った人に不便を強いてはいけないとユーザーの立場に立って設定してあるものだ。

 5台のパソコンに認証をかけたあと,任意の権利を抹消することもできる。したがって,ユーザーは新しいホーム・サーバーとなるPCを購入したような際に,権利を移行することができる。もちろん,ファイルは別のハードディスクにバックアップしておくことができる。こうした仕組みだから,ユーザーは安心して,購入した楽曲をとことん楽しむことができる。

 しかし,権利を取得したユーザー以外が,楽曲をコピーして楽しもうと思っても,それはできない仕組みになっている。違法なファイル流出を防ぐ仕組みが組込まれているわけだ。

 また,iPodに流し込んだ楽曲データを,別のパソコンで吸い上げることはできない。もちろん,iPod同士をパソコンにマウントして,ファイルを相互にコピーすることもできない。演奏用の楽曲はマウントされた外部記憶装置のボリュームとは別の,ユーザーからは見えない領域に保存されている。AppleのDRM(デジタル権利処理)であるFairPlayが働いている結果だ。これにより,いったんiPodに流し込まれた楽曲が野放図に拡散することを防いでいる。iPodのFairPlayはプロテクトされていないMP3などの楽曲についても同様に機能する。

アナログ時代の悪弊をひきずらないで

 5億曲売り上げた楽曲料の何%かは確実にレコード会社に入る。まさにガラス張りの会計システムだ。権利者には売れた分だけ確実な収益として還元される。こうした仕組みだから,欧米ではレコード会社は積極的にiTMSを活用しようとする。「CDが売れない」などといって悩んでいるよりも,流通在庫無し,売れ残り廃棄無し,無駄な販促費削減など,さまざまなメリットが生まれてくるオンライン販売に関わるほうがはるかに得策だ。本当にヒットとなって,爆発的に売れ始めたとしても,CDと違って供給不足となることもない。ネットがつながるところならどこでも,まさにどんな販売チャンスも逃すことはない。

 さて,実際にiTMSがいつ,どのような形で日本に上陸できるのかはまだ不明な部分が多い。特に日本では,欧米のように1曲100円でダウンロードできるようになるのか,150万曲以上の楽曲を品揃えできるのか,などiTMSのビジネスを魅力的にしている要素を備えられるかどうかが懸念されている。

 日本では著作権料をJASRACなどがいったん徴収し,著作権者に過去の実績に基づき再配分するというビジネス・モデルが存在する。iTMSではこうした中間的な流通システムは飛ばしてしまうから,1曲100円程度という低価格販売が可能になる。

 日本でのiTMS配信は新曲の場合,数100円,何カ月か過ぎると100円から200円程度にするという情報も推測として流れてくる。オンライン配信に対するレコード会社の不信感、著作権料徴収を仲介する中間的組織の存在など、欧米とは異なる「ステークホルダー(利害関係者)」が、従来モデルを壊さないための仕掛けを徹底的に要求しているからだ。

 しかし,こうした「欲の皮が突っ張った」価格設定が日本でだけ行われるのは恥ずかしい。欧米ではそのような価格付けはなされていないし,そもそも,そうした体系を作ると,かえってレコード会社の収益率を下げてしまう可能性も出てくる。

 もし,リリース後数カ月は1曲300円,となると,ユーザーはCDを手に入れ,それを仲間内で共有するものも出てくるだろう。中には意図的にCDからリッピングしたデータを違法に流通させようとするものも出てくるかもしれない。

 DRM付きのiTMS経由の方が,不法にコピーされず,より利益率の高い販売モデルを構築することができる。コピー防止機能が付けにくいCDよりも,売れただけ確実に収益に結びつくオンライン販売を優先させるほうが,ビジネス・モデルとしては得策だ。だからiTMSの価格の方を安くするほうが良い流れを作ることができる。

 日本のiTMSが成功に結びつくかどうかは,日本の旧態依然とした業態を飛び越えられるかにかかっている。

二重取りだけは願い下げ

 ところで,以前,このコラムで取り上げたように,iPodにも「私的録音録画補償金」をかけようとの議論が進んでいる(関連記事)。

 しかし,iTMS経由で楽曲を購入するのが一般的になってくると,iPodユーザーは権利者に対して1曲購入するごとに著作権料を払っているにもかかわらず,二重に著作権料を支払うことになる。確かに,iTMSが始まっていない現在は,P2Pで盗んできた音楽を無料で聴いている人も多いかもしれない。しかし,上述したように,品質保証されていない,出所不明の楽曲を聴くより,リーズナブルな価格できちんと購入した音楽を聴く人の方がいずれ大きな流れとなるのは,諸外国の例を引くまでもなく明白だ。

 「私的録音録画補償金」はアナログ時代に,誰がどれだけ音楽を手に入れたかを把握する術がなかったころ,やむを得ず導入された仕組みだ。iPodユーザー同士のファイル交換を抑止するDRMが組込まれた機器にまで一括課金するというアイデアが今ごろ議論されていること自体,不可解でしかない。

 iPod+iTMSの仕組みを使えば,お気に入りで何回も聴くものに対しては,さらに10回で1円を課金するといった,これまでにない新しい仕組み造りも可能だ。議論は過去に向かわないで,デジタル技術を使うことで,権利者もユーザーも潤い,楽しめる仕組み作りに進んでほしいものだ。

(林 伸夫=編集委員室 編集委員)