世界15カ国で利用可能となっているApple Computerのオンライン音楽配信サービスiTunes Music Storeが日本での開業に手間取っている。ブロードバンド先進国として世界をリードする国になっているというのに,なんとも情けないていたらくだ。

日本独特の商習慣,法制度の遅れが災い

 iTunes Music Storeの開業が遅れているのは何もアップルコンピュータ(ジャパン)が怠慢だからではない。日本独特の複雑な音楽流通チャネル形態,都市部には各駅ごとに存在するレンタル・ショップなど,海外ではあまり例のない業界,そして日本独特の著作権料徴収経路などの存在が問題を複雑にしている。

 新しい形態のビジネスを始めるには業界全体がハッピーになるビジネス・モデルを提示しなければ多くの抵抗勢力を生んでしまう。こうした日本独特のビジネス・ロジックをそのビジネス・モデルに組み込むのは,ネットワークを通じてサービスを行うグローバル企業にとって並大抵なことではないだろう。一方でユーザーに対しても十分にコスト・メリットと使いでのある満足感を用意しなければならない。これらは双方に利害関係が対立する部分も多く,解決は難しい。

 さらに,デジタル録音機器にかけられている「私的録音録画補償金制度」もiPodなどに対してどうするべきなのか,明確に規定していないことも業界全体が積極的に首を縦に振れない理由でもある。

外付けHDDなどにも一律に課金するアイデアも

 「私的録音録画補償金制度」とは何か,おさらいしておこう。この制度は個人で音楽を楽しむ目的でMDなどのデジタル録音機器に楽曲や映像をコピーすることを認める代わりに,権利者(作曲家や作詞家などの著作権者,歌手や演奏家,俳優などの実演家,レコード製作者)に対して補償金を支払うという制度だ。

 「私的録音録画補償金」は楽曲に関しては音楽専用の録音機やメディアに対して価格に上乗せして課金され,権利者に配分される。金額はカタログなどの表示価格に対して機器本体の場合約1.3%(上限1000円,録音機能2基搭載の場合1500円),媒体で約1.5%だ。MDで計算すると1枚あたり約3~4円程度となる。

 補償金の支払いの対象となる具体的なデジタル方式の機器や記録媒体は政令で指定することとされており,現在までに政令指定を受けている録音目的の特定機器及び特定記録媒体は,DAT(デジタル・オーディオ・テープ・レコーダー),DCC(デジタル・コンパクト・カセット),MD(ミニ・ディスク),CD-R(コンパクト・ディスク・レコーダブル),CD-RW(コンパクト・ディスク・リライタブル)。

 ここに上げられた機器はいかにも古色蒼然たる臭いがする。さらに最近,世間をにぎわしているiPodなど,ハードディスク・プレイヤーやシリコン・ディスクが入っていないことが権利者の神経を逆なでする。

 私的録音録画補償金制度が導入されたのは平成4年(1992年)の著作権法改正時。以来,対象機器に関しても大きな見直しは行われてこなかった。2003年1月には文部科学省に置かれた文化審議会の著作権分科会で見直しの検討もされたが,具体的な提言を出すに至っていなかった。そう考えると,この制度はあまりに時代錯誤のモノに成り果てている。

 現在,文化庁ではこの問題を無視することはできず,改めて議論をしようと著作権分科会を開き,各界の意見を収集中だ。

 ここで出てきている意見は「音楽などを保存できるデジタル機器には広く補償金の網を掛けるべき」という考え方から「機器に対して一律課金するのではなく,音楽利用者が負担するべき」という反対意見までさまざまだ。

 前者の意見は,現在補償金を受け取っている3団体を含む,7音楽団体が連名で提出している。その主張の主旨は「パソコン内蔵又は外付けのハードディスク・ドライブ,データ用CD-R/RW等が私的録音録画補償金の対象となるよう必要な法改正を行うべきである」というもの。7団体とは,「日本音楽著作権協会」,「日本芸能実演家団体協議会」,「日本レコード協会」,「日本音楽事業者協会」,「音楽出版社協会」,「音楽制作者連盟」,「日本音楽作家団体協議会」だ。

 意見書はこちらのページで読むことができる。

 一方,演奏者・作曲家など権利者に対して適正な補償ができる基盤の上に,音楽利用者が妥当な金額を払うべきだとする意見が全国地域婦人団体連絡協議会から出ている。

 具体的な意見書はこちらのページで読める。

デジタル技術でどんぶり勘定を廃せ

 さまざまな意見があるのは当然だ。今後,最大多数の最大幸福に向けて収束して行くのを願うばかりだが,デジタル時代をその始まりから見てきた人間にとっては,デジタルだからこそできるスマートな解法に向かおうとしていないのが残念で仕方がない。

 現在,CD-Rなどにかかっている「私的録音録画補償金」は,メディアに対して一律に課金され,「日本音楽著作権協会」,「日本芸能実演家団体協議会」,「日本レコード協会」の3団体に集まる。集まった補償金は過去の売上実績に基づき演奏者などに還元される。ところが,私がダウンロードして楽しんでいる無名のジャズ・アーティストに対しては補償金からは一円も支払われない。誤解のないように言い添えておくと,私はそのアーティストにきちんとネットを通じてお金を支払っている。

 これは大きな矛盾をはらんでいる。音楽を録音するつもりもない人からも補償金を徴収する一方で,私のように毎日愛聴しているアーティストには補償金は還元されない。そんなどんぶり勘定は,早急におさらばしなくてはならない。仕組み作りは,今私たちが手にしているデジタル技術で克服できるはずだ。

あれもダメ,これもダメから逆転の発想を

 一方,今のデジタル・コンテンツ保護政策は,不正が起きないようにするために,コピーをさせないようにしようという発想の基に展開されている。例えば,デジタル・テレビ放送の1画面をサムネールとしてキャプチャすることは許さない,Webページなどに楽曲の一部を掲載することもダメ,といった対応だ。こうした規制があるために,たとえば富士通の「FMV-DESKPOWER TX90L/D」などはハイビジョン映像がそのまま録れるが,プレイリストにはサムネールを表示させられないでいる。

 しかし,ここで発想を転換,デジタル映像からキャプチャするとごく小額の課金が発生し,権利者に還元するような仕組みを作れば,機器設計にも面白いアイデアを凝らせるようになるはずだ。コンテンツ配信側もそれを視聴する機器メーカーも新たなビジネス・モデルを作り上げることができるようになるだろうし,ユーザーも料金を支払い,自宅のパソコンのスクリーン・セイバーにお気に入りのタレントを堂々と配することもできるようになるだろう。

 これからのデジタル・コンテンツ配信には,経済活動を後押しし,より豊かな文化活動ができる基盤作りが求められている。

 著作権分科会での議論は今後,関係団体やユーザーの意見を聞きながら進んで行くことになる。2005年11月には最終的な報告書の取りまとめを,分科会名で公表するのは12月ごろを予定している。

 一般から意見を述べるチャンスも来るだろう。是非とも,作曲家,演奏家など,本当の著作権保有者が利すると同時に,ユーザーも思いっきりコンテンツを楽しめるような素晴らしい制度を作り上げてほしい。さもなければ,日本はデジタル文化の最後進国に成り下がってしまうだろう。

(林 伸夫=編集委員室 編集委員)