年間540円――。これは携帯電話事業者が総務省に支払っている携帯電話1台当たりの電波利用料の額だ。1台だと微々たる額だが,2005年4月末時点での携帯電話の契約数は8774万4200。この数を基に携帯電話の電波利用料を計算すると,なんと473億8186万8000円。これだけの金額が携帯電話事業者から総務省に納められるのだ。

 このお金は,元はといえば個人や法人の携帯電話ユーザーが事業者に支払った料金だ。電波利用のためにこれだけの金額を納めているのだとすれば,我々はもっと総務省の電波政策に口を挟むべきだ。

電波利用料の一部は“地上げ”に使われる

 そもそも電波利用料とは,電波の適正利用を目的に1993年度にスタートした制度。1993年度は75億6000万円だった電波利用料歳入額だが,10年後の2002年度には500億円を突破。2004年度は552億4000万円にまで増大している。この増加は携帯電話契約数の伸びによってもたらされたものだ。

 この電波利用料は,電波法上は“無線局全体の共益的な経費”であり“電波利用共益費用”とされる。その使い道は,違法電波などの監視業務や電波の遮蔽対策事業,そして,もっとも多く使われているのが「アナログ周波数変更対策業務」と呼ぶ使い道だ。2004年度はなんとその額が202億2000万円と電波利用料歳入額の3分の1以上にもなる。

 これは放送用電波の再配分にかかわるものだ。電波の再配分とは,「現在電波を使っている人に代替手段を用意して別の場所に移ってもらい,その結果空いた周波数帯を成長分野に投入する」(総務省)こと。これを称して関係者は「官製の地上げ」と呼ぶ。この“地上げ”に電波利用料が使われているのだ。

“地上げ”といってもあまりに紳士的

 電波はよく土地に例えられる。それは電波が“有限”な資源だからだ。電波法上「300万メガヘルツ以下の周波数の電磁波」が電波である。だが,300万MHz=3T(テラ)Hzという上限があっても,その中で無線LANや携帯電話などで使われるのは5GHz以下だ。これは周波数帯によって特性が異なり,到達距離や回り込みなど使いやすさに違いが出るからだ。使いやすいところに需要が集中するのはまさに土地と同じ。無線ICタグや無線LAN,携帯電話の新規参入など“電波を使いたい”という要求はいずれも使いやすい周波数帯に集中する。

 周波数帯に空きがあれば,順番に割り当てていけばよいが,既に既存の無線局が使っていて空きはない。空きがあったとしても細切れで,まとまった周波数帯を取ることができない。そこで,経済的価値などをかんがみて,総務省自らがまとまった周波数帯を用意するのが周波数の再配分であり,これが“官製の地上げ”である。

 “地上げ”というからには,筆者は単純に膨大な電波利用料を使って周波数帯を買い上げ,再配分を迅速に進めるのかと思ったが,そうではない。その手法はいたって紳士的で,とても迅速な対応ができるとは思えない。

 その一つが2004年7月施行の給付金制度。既存無線局に対して光ファイバなど他の代替手段への変更を促すもので,設備の移設や残存価値などを考慮し,一定額を電波利用料から給付するもの。これで5年から10年かかっていた期間が「2年から3年でも“引っ越し”が可能」(総務省)になる。

 もう一つの手法が10月施行予定の「経済的価値を勘案した電波利用料制度の見直し」。この中では電波利用料の使い道を「電波資源の拡大のための研究開発」にも割き,例えばソフトウエア無線技術(周波数帯や変調方式,出力などが異なる通信手段をソフトウエアの変更で1台の端末で対応する技術)の研究なども含まれる。

 また,周波数帯の違いによって支払う電波利用料額を変更し,3GHz帯以下の“経済的価値”が高い周波数帯の電波利用料は現在よりも高く設定。逆に利用者が少ない6GHz以上の周波数帯は電波利用料を非常に安くする。これにより,電波利用料に見合わない利用者の退出を促す。

電波は「国民共有の資源」

 上記の施策は研究開発に電波利用料を使うなど評価できる点がある一方で,既存の電波利用者に対してはやんわり引っ越しを促す程度であり,弱腰とも写る。新規にビジネスを始めたい民間企業にとって,周波数を割り当ててもらうのに2年から3年かかり,しかもそれが不確実であれば事業上のリスクが大きすぎる。

 空いた電波を誰に割り当てるかを決めるのは,手続きはどうあれ総務省の裁量。では,この裁量で割り当てられる電波は一体誰のものか?この答えは明確で「国民共有の資源」(総務省)である。一方,既存の使用者から「国民共有の資源」を返却してもらうのは難しいのが現状だ。国を挙げて「ユビキタス社会」を推進していく以上,電波を使うビジネスはこれからも増えこそすれ,減ることはない。今の政策は新規参入を意識してはいるが,過去の電波がひっ迫していなかったころのしがらみが多く,あまりに既存の利用者に重きが置かれている。

 実際,ある地方総合通信局の電波検査官は自らの立場について「既存の無線設備を干渉から守ること」と説明する一方で,「(電波を使いたいという)要望に今の制度では追いつかない」ともこぼした。無論,国家の安全のために使われている電波など守らなければならない使い方もあるだろう。こうした例外を除いた上で,“地上げ”を推進するのであれば,“使用権を買い上げる”くらいの突っ込んだ議論があってもいいだろう。

 そこで,日経コミュニケーションの6月15日号では,「総務省の電波政策に物申す!」と題して3つの提言を挙げた。「[提言1] 電波の割り当てまでの時間を早めよ」「[提言2] 電波の用途を指定しない自由な周波数帯を拡大せよ」「[提言3]制約の少ない“電波実験特区” を創設せよ」である。本誌が口を挟むことで,電波の有効利用に注目が集まれば幸いである。

(大谷 晃司=日経コミュニケーション)