5月11日,記者はアスクルの岩田彰一郎社長兼最高経営責任者(CEO)にインタビューする機会を得た。取材の目的は,日経情報ストラテジーが以前から提言してきた「脳本」経営に対して,岩田社長の経営者としての率直な意見を聞くことであった。

 日経情報ストラテジーは約1年半前の2004年1月号特集で「脳本」経営を取り上げた。脳本とは優れた頭脳を持つ人材を意味し,資金を表す「資本」と比較して使われる。

 これからの企業の優劣は,お金である資本の大きさではなく,人の頭脳,つまり脳本の大きさで決まるのではないか。記者は当時そう考えて,脳本経営という耳慣れない言葉まで使って,提言を試みた。

 その後,複数の読者や取材先から,脳本経営に対して様々な意見や感想をいただいた。実はアスクルの岩田社長もその1人だったのである。特集記事を読んだ岩田社長は脳本経営に共感しているとのことだった。

「大アスクル構想」と脳本経営に共通点

 積極的な情報開示によってパートナー企業の頭脳をフルに活用し,お互いに成長していくことを意味して名づけた「脳本」経営を実践する代表的な企業。それがアスクルであると,記者は考えていた。そのため,2004年1月号特集でも冒頭の事例としてアスクルを取り上げている。

 だが残念ながら,このときは,岩田社長本人に脳本経営について問いかける取材ができなかった。記者のなかではやり残した感じが強かったのが,この部分であった。そして1年半後のいま,それがようやく実現した。岩田社長へのインタビューの詳しい内容は,2005年7月号特集1に掲載している。

 岩田社長はアスクルの創業当初から,社員やパートナー企業の担当者の知恵を引き出すプラットフォーム作りを最大の経営課題に掲げてきた。パートナーまで含めた大きな企業体を意味するアスクルの造語「大アスクル」は,「顧客と常に真剣勝負するためのプラットフォームである」と,岩田社長は言い切った。このプラットフォームこそ,脳本経営の実体だったのだ。このプラットフォームには,取引先への情報開示システムが盛り込まれている。

 岩田社長は,企業の競争力の差は「知恵の総和の差」であると記者に語った。アスクルでいえば,同社の取引先である文房具メーカーや新規の顧客を開拓する全国の「販売エージェント」,商品の配送業者まで含めた大アスクル全体で,どれだけの知恵を出し合えたのか。つまり,アスクルとパートナーが出し合った知恵の総和がアスクルの競争力になるということである。これが岩田社長が考える脳本経営の本質であると理解できた。

 脳本経営の成果の1つとして,アスクルはこの4年間で商品の欠品率を約4分の1まで引き下げている。欠品率の引き下げはパートナーの協力なしには実現できなかった。そのために,アスクルは大アスクルのプラットフォーム上で情報を積極的に開示して,パートナーの知恵を最大限引き出したのである。

脳本経営にはプラットフォームが不可欠

 アスクルだけではない。1800万人の会員をポイント事業で手を組んだパートナー企業の店頭に送り込むカルチュア・コンビニエンス・クラブ。メーカーと共同で新しい売り場提案や商品の共同開発を進め,チョコレートの売り上げを前年比125%まで伸ばしたファミリーマート。伸びる企業に共通するのは,パートナー企業の能力を取り込んで,お互いに成長する道を模索していることだろう。

 繰り返すが,今回取材した脳本経営の実践企業に共通することは,パートナー企業の知恵やノウハウを引き出すための「知のプラットフォーム」とでもいうべき情報基盤の整備を進めていたことだった。2004年1月号でも脳本経営の成功のカギは,積極的な情報開示であると記者は説明したが,あれから1年半が経過し,各社には脳本経営に欠かせない情報開示のインフラが形成されつつあることが確認できた。

(川又 英紀=日経情報ストラテジー)