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良い契約書を作ろう

ユーザーとベンダーの関係を深めるために

2005/02/09

 皆さんは,契約書を熟読したことはあるだろうか。正直,私はあまりない。パソコン・ソフトを購入したりバージョン・アップをするときに画面に出てくる契約書は,名の知れたベンダーの製品だと,読まずに「同意する」を押してしまう。多くの人が経験している契約に生命保険があるが,十数年前,就職してまもなく生命保険を契約したとき私は,契約書をほとんど読まずに印鑑を押した。

 最近の人は,どうなのだろう。数年前から雑誌などで保険の見直しが特集され,そうしたテーマの書籍も本屋に山積みされている。それで勉強して,契約書を隅々まで見ているのだろうか。私の周りにも生命保険を見直した人がいて,「最初の契約のときに,もっとしっかり契約書を読んでいれば,違う形の契約にしたのに」と言ったりする。

 もし,十数年前の私が契約書をしっかり読んでいたら・・・。

自社流の契約書を作るユーザー企業も登場

 なぜ,このようなことを考えたかというと,昨年後半,行く先々のユーザー企業で,「これまでの契約を,すべてを一から見直している」という話を聞いたからだ。日経コンピュータ2004年12月27日号の特集「見直し必須の外部委託」のために回った取材でのことである。

 この特集は,今年4月1日に完全施行される個人情報保護法をきっかけに,業務委託契約の見直しが進んでいるという仮説に基づいて企画したものである。個人情報保護法では,発注者側に委託先の監督責任が強く問われる。そのため,個人情報を取り扱う業務委託を中心に,契約内容を見直さないといけないはずだ,というのがスタートだった。

 ただ,取材を回っていて,仮説と違っていたことがあった。「外部委託の見直しにおいて,個人情報保護法がらみはワン・オブ・ゼムに過ぎない。最近,システム開発や運用の契約を一から見直し始めた」という話が多かったことである。もちろん,そうした企業はいると思ったが,予想以上だった。

 なかには,「これまでは委託先が用意してきた契約書をベースにしてきたが,もう,それではリスク・マネジメントができない。自社なりの基本契約書を用意し,それをクリアしない限り企業間契約ができないようにしている」という企業もあった。そのため特集ではテーマを広げて,委託先を個人情報を取り扱う業務委託から,システム開発・運用までと幅広くとらえ,外部委託見直しの現状を探った。

契約(書)は難しい

 ただ,ひと口に「契約を見直す」と言っても,そう簡単なことではない。委託先が用意した契約書のたたき台を基に契約を結ぶユーザー企業も多く,そうした企業にとっては「自社が主導して契約書を作り,それを基に契約に臨む体制」に変えるのは大変なことだ。

 契約書を作る難しさは,情報サービス産業協会(JISA)が公開している「ソフトウエア開発の委託におけるモデル契約書」からもうかがえる。ご存じの通り,JISAは,システム・インテグレータやソフト開発会社が参加する業界団体である。「非常によくできた契約書」という声が多かった半面,「現状に即してみた場合,内容が曖昧な部分や,解釈によってはユーザー企業が不利になる点がいくつもある」という声も聞かれた。練られた契約書でも,そうなのだ。

 特集では,ユーザー企業代表としてジェイティービーの野々垣典男 総合企画部IT企画担当部長と東京海上日動火災保険の西村隆 IT企画部課長代理,そして,法律の専門家として,情報システム関連法務を専門とする内田・鮫島法律事務所の玉井真理子 弁護士に上記のモデル契約書を読んでいただき,気になる点を挙げてもらったところ,数多くの指摘があった。

 例えば,総則の第1条3項に「甲(発注者であるユーザー企業)及び乙(委託先)は,本件業務の遂行には甲乙双方の共同作業及び分担作業が必要とされることを認識し・・・」とあるが,「共同作業」とは何だろう。第3条では乙の役割を,(1)システム仕様書作成業務と(2)ソフトウエア作成業務としている。しかし続く第4条には甲の役割として,仕様書作成における乙から要請された作業や,乙によるデータ移行テスト/検査仕様書作成/プログラム納入への協力,その他乙が要請した作業への協力を挙げている。この「協力」の内容が,ユーザー企業と委託先で認識が異なっていたら,いざというときにトラブルになってしまう。

 このように契約(書)作りはとても難しい。それでも,契約を一から見直さなければならないのは,もはや,従来の契約のままでは立ち行かなくなったからにほかならない。暗黙の信頼関係は成り立たないことを前提に,事前にトラブルが起きそうなことを洗い出さなければならないというわけだ。

 少し寂しい気持ちもする。しかし,ビジネスに貢献できるシステムを構築・運用するという本来の目的を果たすためには,あるべき姿とも言える。責任の所在を明確にし,それを達成するための体制まで契約の時点で決めておく。あとは,その体制を維持することに注力すればいい。

行間を埋める作業をするだけでも,得られるものは多い

 筆者は,今回の特集のテーマである「ユーザー企業とベンダーの関係」に強い思い入れがある。これまで,日経コンピュータ以外の雑誌も含めて,何度か特集で取り上げてきたものの,いつもすっきりしない部分があるからだ。“答え”は大まかには分かっているのだが,それを実現するための決定打が見つからない。

 前回は,「ベンダーに緊張感を維持させるとともに,魅力的な顧客であり続ける」ために,いくつかの事例を紹介した(関連する記者の眼)。そして,今回の「自社流の契約書を作り,それを基に契約に望む」のも,一つの方策だと思う。

 難しいけれど,やってみて分かることは多い。ベンダーとユーザーの関係が破綻する原因の一つは,上記のモデル契約書でもみたように,お互いが相手に期待すること(もしくは自社がやるべきと考えていること)に存在するギャップである。自社流の契約書では,そこを埋めなければならないため,(1)既存の契約書における曖昧な部分を洗い出して自分たちの言葉に置き換えてみる,(2)契約書に欠落している重要事項を見つけ,責任の所在を明らかにする,(3)新しい契約で進めることを相手と合意する――などが必要になる。相手の意識とのギャップが明らかになれば,例えば,見積もりの根拠なども見えてくるだろう。

 取材で,自社流の契約書を用意しつつある,あるユーザー企業の担当者は,「それでも,欧米のような分厚い契約書になることは,少なくとも当面はない。そこにかける労力やコストが,現状の日本では割に合わないからだ」ともおっしゃっていた。この甘さが命取りになるのか,それとも,それが日本企業のいいところなのか。皆さんは,どうお考えになるだろうか。

(小原 忍=日経コンピュータ)

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