「米IBM社が中国Lenovo Group(聯想集団)に全パソコン事業を売却。IBMと聯想集団はパソコン事業に特化した合弁会社『新Lenovo(仮称)』を設立。IBMの『Thinkブランド』を引き継ぐ」――。2004年12月8日に正式発表された一大買収劇は,多くの人に驚きをもって迎えられた。日経バイトの記者としてIT業界を見てきた筆者もその一人だ。

 確かにIBMはハードディスク事業を日立製作所に売却するなど,不採算事業の切り捨てを断行してきた。しかしよりによってパソコンである。IBMの思惑など政治的な分析は日経コンピュータに任せるとして,筆者は個人ユーザーとして気になる「新Lenovoのノート・パソコンがどうなるか」を考えてみたい。

「変わらない」だけなのか?

 IBMパソコン事業売却の報道後,最初に開催された国内説明会の席上のことである。出席者の日本IBMの向井宏之理事(新Lenovo日本法人の代表に就任予定)に,Thinkブランドのパソコンがどうなるのかに質問が集中した。向井理事と記者のやりとりは,ざっと3点にまとめられる。(1)IBMのパソコン事業は従業員も含めてそっくりそのまま新Lenovoに移管する,(2)日本IBMのパソコン事業についても,新Lenovoが設立予定の新Lenovo日本法人にそのまま移る,(3)給与や福利厚生などの待遇はIBMと同じ。

 ThinkPadファンならご存じの向きもあろうが,ThinkPadの研究開発拠点は大きく二つある。日本の神奈川県大和市に居を構える「IBM大和事業所」,米国ノースカロライナ州の「ラーレー(Raleigh)研究所」だ。ワールドワイドに展開する製品をラーレー研究所が主導。日本市場向け製品は大和事業所が中心となってThinkPadシリーズを世に送り出してきた。この二つがそのまま新Lenovoに移るのであれば,なるほどThinkPadは変わりそうにない。

 設立準備段階にある新Lenovoが強調するのは「変わらない品質」。今のところ新Lenovoの製品戦略は明らかにされていない。変わらないことが第一というところにIBMのThinkブランドの威力を感じるが,ノート・パソコンにおいて新奇性のある戦略はないものか。やや退屈していたところに,向井理事がこう発言した。「これまでIBMは,米国本社があり,アジアを統括する部門があり,その下に日本IBMがあるという形態だった。新Lenovoになれば組織がフラットになり機動力が増す」

新Lenovoに望む「ThinkPad s30」の復活

 その発言を聞いた瞬間,脳裏にあるノート・パソコンの名が浮かんだ。B5サイズで1.45kg。バッテリ駆動時間は7時間。長方形の筐体から耳のようにはみ出させることで18.25mmピッチを確保したキーボード。バランスの取れたモバイル機として名を馳せた「ThinkPad s30」だ。

 ThinkPad s30が登場したのは2001年。日本市場を意識し,日本IBM中心の開発体制が敷かれた。そのかいあってか,持ち運んで出先で使うモバイル・ユーザーの心をつかんだ。マスコミ向けの発表会で目にする,記者の持つノート・パソコンの半分以上がs30,というときもあった。当時筆者が使っていたのは松下電器産業の「Let'snote CF-M1ER」。重さこそ1.5kgとs30に負けなかったが,バッテリは1時間ともたない。こうこうとディスプレイを光らせながら記事を書くs30ユーザーがうらやましくて仕方がなかった。

 しかしs30はWindows XP搭載モデルという1回のマイナー・チェンジを経て,2002年に市場から姿を消した。2002年3月,日本IBMはs30の生産中止を発表。流通在庫のみの販売となった。

 理由は単純だ。s30の売り上げはかんばしくなかった。7時間ものバッテリ駆動時間を必要とするモバイル・ユーザーの数は限られる。記者という仕事をしていたからこそ頻繁に見かけたs30だが,ビジネスとしては成功の部類に入らなかった。

 偶然か必然か,同じ3月に松下電器産業が重さ960gで6時間のバッテリ駆動時間を売り物にした「Let'snote LIGHT CF-R1」シリーズを発売。モデル・チェンジを重ねる間,公衆無線LANアクセス・サービスの普及や定額制のPHSデータ通信サービスが普及。モバイル・ユーザー層の広がりから,CF-R1とその後継機は報道陣向けの発表会で目にするだけでなく,取材で移動中の電車内でも見かけるほどになった。筆者も現行モデルの「Let'snote LIGHT CF-R3」を先日購入したばかりだ。あくまで私見で東京都心の話になるが,その売れ行きはs30の比ではないだろう。

 松下にできて日本IBMがなし得なかったモバイルに特化したノート・パソコンの継続販売。これは企業努力の問題ではなく,事業規模の問題だった。IBMのThinkPadビジネスは,企業顧客の導入サイクルに合わせて製品を“グローバル”に提供するという要件がある。米国本社の経営判断の結果,s30の後継機はついに姿を現さなかった。s30は一回り大きい「ThinkPad X」シリーズに製品ラインを統合されることとなり,1.62~1.66kgで4.5~5時間のバッテリ駆動時間の「ThinkPad X30」が2002年に登場。2004年に出荷されたX40は1.23~1.24kgと軽くなったものの,バッテリ駆動時間は3.3時間に後退してしまった。