デジタルなら距離にも,接続時間にもかかわらず無料,ないしは低い定額料金でのサービスができる。これはもはやインターネットなどでも証明済みの常識といっていい。それがアナログ基盤の上でのデジタル・サービスであっても,似たようなモデルでビジネスを組み立てることができる。ADSLなどがまさにその典型だ。

 前回取り上げた「プッシュホン」利用料金も同様の範疇に入るものだが(記事へ),これの利用を開始,あるいは停止するために税込み2100円の「局内工事料金」を取られることには疑問がふつふつと湧いてくる。

 NTT東日本が新聞の全面広告などで「新しい時代にふさわしい料金体系に見直します。」というキャッチ・フレーズで基本料金の値下げについて説明している。値下げ項目の中にはプッシュ回線の利用料金が無料になることなどが説明されている。前回このコラム「高すぎたデジタル・サービスのお値段」で取り上げた通り,この料金は先進諸外国ではそもそも徴収されていないほどのサービス項目だ。にもかかわらず,サービス開始の1969年以来,延々と35年以上にわたって課金されてきたのは,この世界が完全な独占で競争原理が全く働かなかったことに原因がある。

 実際,これまで,こうした「聖域」が問題視されることはなかった。そもそも競争の無い世界の中での料金設定だから,いかようにも設定できたし,その料金設定の根拠などは説明する必要がなかった。しかし,ついに競争が始まった途端,無料化に動いた。

切り替えの「工事料金」は2100円

 プッシュ回線が無料化されたのを機に,現在ダイヤル回線を利用している人が,2005年1月1日からプッシュ回線に切り替えてもらおうとすると,局内の「工事料金」として2000円(税込み2100円)が徴収される。

 そもそも,「工事料金」などという電電公社時代の用語がまかり通っていること自体不思議だ。「工事」といっても,電話局内でケーブル心線をむくニッパーやドライバ,あるいはハンダゴテを使って作業するわけではない。パソコン画面に呼び出した顧客データベースにチェックマークを入れるだけの手続きを「工事」と呼び,多額の手数料を徴収するのは,NTTの言う「新時代にふさわしい料金体系」となっているだろうか?

 独占された「聖域」であったため,こうしたさまざまな「工事料金」は具体的な原価が説明されないまま,うむを言わさず利用者に課金された。しかし,それが通用する時代は終わった。

 東西NTTはこれらの工事料金の料金構造を明らかにしていないため,そもそもこれらの料金が高いのか安いのか,消費者には判断する材料すらなかった。しかし,加入者電話サービスに参入してくる他社,たとえば平成電電の直加入電話CHOKKA(チョッカ)では,ダイヤル回線-プッシュ回線切替えに特段の料金は取らない。

 他社が0円でできることをなぜNTTでは2100円の値付けになるのだろうか? 

 今後,この問題は国民的議論を巻き起こすことになるだろう。競争原理が導入された今,料金の見直し,料金設定の根拠の公開要求などに答えていかなければならない。

 実質的作業が行われていないことに課金すれば,高い収益が確保できる。これを手放すことになったら,大きな減収につながる。したがって,この部分の料金値下げは一気には進まないかも知れない。しかし,これら環境の変化に耐えられるような業務改革は先に進めておかなければならない。例えば,切り替えの申し込みは音声自動応答システムやWebアプリケーションによる無人対応ができるようにするなどの工夫である。

収益の上がるデジタル・ソリューションに取り組むとき

 これまでは,完全な無競争だったため,こうしたビジネス上の工夫が凝らされてこなかった。

 例えば電話料金の明細書・領収書の郵送などは,同一利用者であっても回線毎に郵送されてくる。実際,わが家には2回線の電話があるが,ご丁寧に2通の封書が届く。電話代より配送コストの方が上回っていながら,これを何とかしようとする動きは全くなかった。

 ネットで利用料金などの連絡を行う「@ビリング」というサービスは3年ほど前から開始されている。しかし,これまでユーザーに特段のコスト・メリットがなかったために,ほとんど普及していない。ようやく,本当に,ようやく2005年1月から「@ビリング」が100円の値下げ対象となる。これで初めてユーザーは自らアクションをとってくれることになるかもしれない。

 しかし,今後は,そんな悠長な対応では成り立たない。あらゆる面でスリムな体質を作って行かなければみすみすと顧客を奪われ,収益性が低下する。新しいデジタル・サービスを積極的に投入し,双方にとってコスト・メリットのあるサービスに強制的に移行する流れを作っていかなければならない。

 一般の新聞紙上でも,ナンバー・ディスプレイに関する利用料金の高さに議論が渦巻いている。ナンバー・ディスプレイには基本となる開発コストなどが重く,安くできない要因がたくさんあるという。しかし,携帯電話では既にこの機能は標準だ。固定電話でも標準機能にしてしまうのに技術的に困難があるとはもう思えない。

 現在のところ,固定電話サービスに参入した他社もこの部分については課金対象としている。事業者によっては複数のサービスをまとめてパック料金としているところもあり,厳密な比較はできないが,各社とも微妙な違いがある。今後はこの部分にも競争原理が働き,動きが出てくるだろう。

 マイラインなども回線毎,申し込み回毎に税込み840円もかかる。しかし,実質的な作業の大部分は登録作業だ。これなども音声自動応答ないしはWebアプリケーションでの無人対応,あるいはそれに準ずる工夫ができる分野の代表的な一例かもしれない。

 100年を超える独占に終止符が打たれた今,サービスを提供する側に説明責任を全うすることが求められることとなった。まさに,「新しい時代にふさわしい料金体系」とデジタル時代にふさわしい業務体制に見直していってほしいものだ。

(林 伸夫=編集委員室 主任編集委員)