競合事業者が相次いで開始する固定電話サービスが低価格路線を打ち出しているのに対抗して,10月1日,東西NTTが急きょ値下げプランを発表した(関連記事)。値下げ項目のうち,大きいのがプッシュ回線使用料(月額390円:消費税別,以下同)の無料化だ。しかし,待てよ,そもそもこのサービスにこれまで利用料金を払い続けてきたのは,払い過ぎではなかったのか? と疑問に感じておられる読者も多いのではないだろうか?

諸外国ではそもそも無料サービス

 ご承知のとおり,プッシュホンとは数字キーに対応した音を発し,ダイヤルさせる仕組みである。一つの数字キーが発するトーン信号は2つの周波数を組み合わせて生成する。単純な口笛のような外界の雑音に反応して誤動作させないためだ。

 海外ではタッチ・トーンと呼ばれる仕組みで,発信側も受信側も極めて簡単で安価なチップで実現できるから,特別な利用料金は取っていないのが一般的だ。タッチ・トーンを受けたチップはその信号から直接デジタル数字データを生成するため,音声応答システムや計算処理などの応用に結びつけやすい。

 逆に「プッシュホンを使わないサービス」というのは,回線を瞬断するパルスを発生させ,これで数字を表す「パルス・ダイヤル」方式のことである。大昔の回転ダイヤル時代の仕組みで,瞬断パルスの数を受信側の交換機が数え,数字に読み替えて回線交換を行う。回転ダイヤルを備えていないボタン式の電話機でも,内蔵のチップが数字ボタンに対応する数のパルスを発生することで,パルス・ダイヤル機能を使うことができるようになっている。

 パルス・ダイヤル方式が導入されたのは1955年。クロスバー式自動交換機が導入され,全国で自動ダイヤルできるようになった。それまで交換手による手動交換やステップ・バイ・ステップ方式と言われる順次交換方式による接続であったため,長距離電話は接続までに時間がかかった。

 トーン・ダイヤルを使ったプッシュホンが誕生したのは1969年。本格的なデジタル交換時代の到来だ。しかし,プッシュホン・サービスに付加料金を設定したため,一部でプッシュホンへの移行が進まず,パルス・ダイヤル誕生から50年が経った今もパルス・ダイヤル利用者が数多く残っている。月390円を払いたくないユーザーがたくさんいるのは当然だろう。

 パルス・ダイヤル誕生以来,50年経ってもプッシュホンへの移行が進まなかったために,さまざまな弊害が生まれてきた。音声応答システムはパルス・ダイヤルにも対応させるために,コストアップを伴う付加回路をなかなかはずせないし,ユーザーにも使い勝手の悪い仕組みを押し付けることとなった。

 ボタンを装備した電話機は,端末内にトーン・ダイヤル,パルス・ダイヤルの両方に対応できるチップを内蔵しており,パルス・ダイヤルにしか加入していないユーザーでも,操作の途中で「トーン切り替え」などといったボタンを押せば,音声応答システムに対してコマンドを送出することができる。したがって,わざわざ月390円を払なくても,一般的な電話利用には何の支障も生じていなかった。

 しかし,そんな操作を知らないユーザーも多く,パルス・ダイヤルに対応していない「新しいタイプの音声応答システム」ではじかれてしまうというユーザーの悩みもあった。そもそも,いまだに回転ダイヤルの黒電話機を使っているレトロなユーザーもまだ残っている。

デジタル・サービスの提供価格

 似たような話に銀行のATM端末がある。かつて,ATM端末が全国に配備されて行った時期,機械を使って振込みを行うより,振込み書類を書いて窓口に提出したほうが安い時期があった。銀行はATM端末から振り込むと先方への到着が早い,窓口で待つ必要がない,などの理由を挙げ,機械振込みの利用料金を高めに設定していた。

 さらに,パソコンなどからのオンライン・バンキングは,特別な利用料金が上乗せされていた。

 数1000億円を投資し,日本全国をオンライン化するという巨大なプロジェクトの結果,利用可能になったものだから,投資の回収が必要であるのは当然だ。しかし,全国のオンライン化はそもそも,銀行業務の効率化,人件費を含めた合理化対策のためだった。システムを導入することによりコスト構造が改善されたのに,ユーザーがその構築コストを負担させられるのは説得力に欠けるものだった。

 今ではATMを使ってもらうほうが銀行にとってのメリットが大きいため,ATM利用料金は大きく引き下げられた。ユーザー・インタフェースを含めてたゆまぬ改良が進められるようにもなった。例えば外国人にも使いやすいように各国語のメニューを用意するなど,改良が次々に進められている。そうした改良,サービス・メニュー追加が行われることで,付加料金を取るなどといった話には発展しないのが一般的だ。

 銀行ATMの場合には端末価格やそのための回線設置コストがばかにならない。したがって,こうした改良をしてもユーザーに価格転嫁できないのは企業にとってはつらいことだ。しかし,激しい競争にさらされれば,次々に新しいメニューを投入せざるをえない。

 一方,加入電話回線をトーン・ダイヤルに対応するように設定し,それを維持するのに,システムがこなれてしまった今となっては特別な追加コストはかからない。それにもかかわらずこれまでプッシュホンに延々と付加料金を課してきたのは,他に競争の無いビジネスだったからにほかならない。

 ソフトウエアを改良し,新しい機能を追加したときの料金策定は確かに難しい。新しい機能が追加されたとしても,あらたな稼働部品が増えるわけでもなく,そのために機械の保守作業が増えるというわけでもない場合などは特にそうだ。ユーザーがそのサービスを受けるか受けないかにかかわらずコストが変動せず,長期間の基本料金が受け取れるという場合には,この料金は限りなくゼロに近づけることができる。

 発信者情報を通知するナンバー・ディスプレイも同様の範疇,つまり,このサービスを受けるのに付加料金を取る必要のないメニューに入るだろう。

新規追加メニューを新しい収益源に

 逆に,新規メニューを低料金で提供することで,ユーザーを新しい環境に誘導することができ,古いシステムを捨てることができる。この結果,運用・保守のコストを引き下げ,さらに新しい収益モデルを生み出すこともできる。新しいメニューを追加することで,全体のサービス収入を増やすこともできることを考えるべきだろう。

 独占状態を脱し,電話料金はようやく,世界の料金算出基準に近づいてきた。次は,新しい競争の下,海外の電話会社では当たり前になっている会議電話,追いかけ転送,第三者課金,クレジット・カード通話など新しいサービスをどんどん拡充していってほしいものだ。

(林 伸夫=編集委員室 主任編集委員)