IPを使っての電話サービスが企業にも,個人宅にも徐々に浸透して来つつある。「050」で始まるIP電話専用番号の配布数は2004年7月1日時点で1601万,3月末時点での1302万件から299万件増えた(関連記事)。世の中が成熟してきたので,では,そろそろうちもIP電話を,と触手を動かし始める方も増えてきそうだ。しかし,さて導入となるとあれこれ壁が立ちはだかって涙を飲まざるを得ないことが多い。

アクセス回線ごとの「オプション・サービス」

 現在提供されている多くのIP電話サービスは特定のADSL,FTTH回線に付随するオプション・サービスと位置付けられている。したがって契約しようとすると特定のアクセス回線を使っていることが前提となる。例えば,「BBフォン」はYahoo BB!のADSL回線が必要だし,NTT-MEの「WAKWAKフォン」を使いたければ東西NTTが提供する「フレッツ・ADSL」あるいは「Bフレッツ」が必要だ。

 このようにIP電話サービスが「垂直統合」型になっているのは,大きく2つの理由がある。

 まず1つは,プロバイダがアクセス回線および接続サービスの販促のためにIP電話サービスを位置付けていること,もう1つは総務省がIP電話と既存の「一般固定電話」を相互接続させるための「050」番号を付与するための基本条件として,十分な音声品質を求め,インターネットを経由するネットワーク構成となる場合には,番号を付与してくれないためだ。

 今はまだ,ブロードバンド回線普及期。当然,インターネット・アクセス回線を売り込むのが先決。あとから出て来たIP電話のようなブロードバンド・アプリケーションを販促のオマケに使おうとするのは,サービス発展形態からするとしごく当然だ。しかし,一部ではブロードバンド回線が十分に普及した。いったんブロードバンド回線を入れたら,それを乗り換えるのは手間がかかり,やりたくないという人は多いだろう。そこでアクセス回線に縛られて,導入可能なIP電話が固定されてしまうのは,ユーザーに極めて不便を強いることになってきた。

 既にブロードバンド回線が入っているところに,使い勝手と価格競争力の最も高いIP電話を選択して入れようとしても,垂直統合されてしまったサービスは導入できない。

 回線が導入されていないところに新規に回線を引き込む場合なら,IP電話やブロードバンド・コンテンツがどの程度充実しているかを勘案しながら,セットとなった回線をチョイスできる。プロバイダにとってはまだまだ新規ユーザーが獲得できる未踏のマーケットが開けているだけにそうした戦略を取るのも当然だろう。

 しかし,既にブロードバンド導入が済んだ1600万以上のユーザーの多くにとって,選択の自由が奪われているのは由々しき問題でもある。そろそろ考え直す時期に来たようだ。

求められた「品質保証」が硬直化招く

 もう一つの壁が総務省の「050」番号付与のガイドラインだ。

 日本の場合,加入電話回線からも着信できる「050」で始まるIP電話サービスを提供するには,一定の通信品質が保証できるかどうかなど,総務省が求める8つの条件をクリアしなければならない。その結果,IP電話を受けるルーター,あるいは通話データを相手に送り届けるネットワークなど,自社でコントロールできる施設を用意しなければならない。要するに,インターネットを経由するネットワーク構成となる場合は,品質を保証できないので「050」番号は与えられない。結局,サービスはアクセス回線を含めての垂直統合型となる。

 接続回線を選ばず,インターネット経由で使えるIP電話サービスを提供しようとしたエッジ(現ライブドア)の「livedoor SIPフォン」(関連記事)も,この規制の前に軌道修正せざるを得なかった。発着信可能な「050」番号を使おうとすると,「フレッツ・ADSL」「Bフレッツ」などの特定回線に限定し,livedoor提供の接続サービスを使わなければならない。逆に言うと,東西NTTの提供する回線を使っていないユーザーは「livedoor SIPフォン」の「050」番号は使えないということになる。

 同じく,プロバイダを選ばず接続できるIP電話サービスとして誕生するはずだった「ドットフォン パーソナルV」(NTTコミュニケーションズ,関連記事)も大きな軌道修正をして,サービスインした。「高い音声品質を確保できない一般のインターネットを経由する可能性があるならば,050番号は付与できない」と総務省が首を縦に振らなかったためだ。

 NTTコムはそのため,当初最大の売りとしていた「プロバイダ・フリー」のコンセプトを捨て,NTTコムのVoIP網を経由するプロバイダのみに限定して運用開始した。利用可能なプロバイダのアクセス回線は現在のところ,東西NTTの「フレッツ・ADSL」か「Bフレッツ」,あるいはアッカ・ネットワークス,イー・アクセスに限られている。

 「ドットフォン パーソナルV」はかかってきた電話を留守電で受け,メールで伝言通知,ホワイトボード共有機能,チャットなどデジタルならではの面白い使い方を盛り込んだサービスだけに,先進的なブロードバンド・ユーザーの気持ちをそそるものだが,「提携プロバイダ」以外への門戸は閉ざされている。

競争を阻害する総務省の“親心”

 ライブドアもNTTコムも多くのインターネット・ユーザーに便利なIP電話を広く使ってもらいたいと企画したが,ユーザーに高品位の音声を確実に届けられなければならないという総務省の“親心”に行く手を阻まれた。