それまで自分たちがやってきたこと,ましてや大きな成功を収めてきたとすれば,だれも否定などしたくないだろう。だが,「現状否定」という大きな壁を乗り越えてこそ企業は成長できる。

 日経情報ストラテジー10月号の特集では,現状否定し続けてきた勇気ある企業を十数社紹介している。三洋電機や菱食,コーセー,ダイドーリミテッド――。“現状否定力”をつけるために企業がなすべきこと。それは,情報開示と現場主義の徹底だ。

10カ所の国内工場を全廃

 例えば,ダイドーリミテッド。「ニューヨーカー」や「ブルックス・ブラザーズ」といったブランドをグループ内に持つアパレル・メーカーの同社は,「情報展」と呼ぶユニークな展示会を開催している。ユニークである由縁は,展示品はすべて顧客から返品されたクレーム品ばかりであること。過去6回実施して,延べ約3000人を集めた。

 クレームは一般的にあまりよそには知られたくないものである。だが,ダイドーは自社内だけでなく,取引先や同業他社といった社外にまで広く開示しているのだ。

 なぜか。それは,「品質を通して信用を得る」という昔から変わらない経営方針を全社に根付かせるためである。デフレが進み,低価格を武器とする衣料品専門店が台頭しようとも,ダイドーは決してその方針を変えることなく,ひたすら品質を追求し極端な値下げもしてこなかった。

 その代わり,品質を維持・向上させるうえで適さなくなった従来のやり方は容赦なく壊してきた。代表的な変革が,生産拠点の海外移転である。メーカーの中枢である工場。ダイドーは1990年代初頭,国内に10カ所の生産工場を保有していた。それを10年かけてすべて閉鎖し,中国に移転させた。

 中国に生産拠点を移すメーカーは,安い人件費を目当てにしたコスト削減が狙いであることが多い。だが,ダイドーは違った。国内の技術者が高齢化してきたことが,将来,品質の低下につながりかねないと判断した。そこで,中国に現地工場を開設し最新鋭の製造設備を導入,製造ノウハウを注入していったのである。

「クレームはウェルカム」

 こんな大胆なことができたのも,情報開示を徹底することによって「品質本位」という考えが全社員に根付いているからにほかならない。

 先に紹介した情報展をはじめ,電話やファクス,電子メールなどで寄せられた顧客の声をデータベースに蓄積し,イントラネットで公開。全社員でクレーム情報を共有してきた。

 「お客様からのクレームというのは,メーカーとして大変貴重な情報源です。クレームはウェルカム」。羽鳥嘉彌会長はきっぱりと言い切る。

 そんなダイドーのクレームへの対応は驚くほど手厚い。例えば,顧客が要求すれば,クレーム品は上代を全額返金して引き取る。もちろん再発防止に向けて対策を講じている。クレームへの対応状況は,2カ月に1回,役員に報告。毎月,企画や生産の責任者を集めて「品質会議」を開催し,対策を練っている。クレームになりやすい商品の特性が分かった場合,事前に販売員に情報を提供しておき,未然に食い止めるようにしている。

現場の意欲すくい上げる

 徹底した現場主義を貫くのが,大型スポーツ用品店や紳士服専門店を全国に展開するゼビオである。

 顧客のし好が強く反映されるスポーツ用品は,販売員の接客がものを言う。実際に使ってみてどうかという使用感まで伝えて顧客を納得させられるかどうかが重要だ。となれば,販売員が正社員であるかどうかは関係ない。

 ゼビオは2001年から,「出る杭(くい)制度」と呼ぶ人事制度を導入。正社員とパート社員の区別なく,積極的に管理職に登用して販売員のやる気を引き出している。

 スポーツ用品店でも,店舗ごとのニーズへ適切に対応することが収益に直結する。例えば,同じサッカー用のソックスでも,その地域の学校の部活動によって売れる色が全く異なることがあるためである。そうした個店対応は,現場の販売員の声に本部が耳を傾けるしかない。

 出る杭制度を導入して正社員と非正社員の垣根を取り払ったことで,販売員から有効な気づき情報が集まりやすくなったという。

 長い間,同じやり方を続けていたのでは,企業は成長できないばかりか淘汰(とうた)の憂き目に会う。経営環境が変われば,それに合った施策を講じていく必要があるのは言うまでもない。だが,そうした「現状否定」ができる企業とできない企業が存在するのは,情報開示と現場主義の徹底度合いに違いがあるからなのだろう。

(相馬 隆宏=日経情報ストラテジー)