日経コミュニケーションではこれまで,携帯電話事業者が6月以降に相次いで発表した新サービス「モバイル・セントレックス」を追いかけてきた。モバイル・セントレックスとは,携帯電話を企業の内線電話として利用できるサービスのこと。すでに大阪ガスがNTTドコモのサービスを採用して端末1万台以上の導入を決断するなど(詳報記事),2004年後半から企業ネットワークを一変させる可能性を秘めている。

 本サイトでこの1週間続けた緊急連載「モバイル・セントレックス革命」は,サービスの全貌と新たな事実をまとめた集大成である。今回の記者の眼では,取材を通じて感じたユーザー企業のある「変化」について考えてみたい。

携帯電話を仕事で使いこなす企業はまだ少ない

 「携帯電話の法人利用に火が付くためには,“自燃型”のユーザー企業がもっともっと増えてもらわないとね」――。これは,記者がNTTドコモの元幹部と雑談していた際に聞いて,面白いと思った言葉である。この元幹部は数年前にNTT東日本からNTTドコモへ移ってきたが,どちらの会社でも法人営業部門を率いたことがある。その経験からユーザー企業は三つのタイプに分かれており,新しい通信サービスを売り込む際にはそれをいつも念頭に置いてきたそうだ。

 「自燃型」というとすぐにはピンとこないかもしれないが,“自ら燃え出す”という意味の造語である。新サービスの使い方を自分でどんどん編み出して,自社に合った形で積極的に活用する企業を指す。そうした企業は,やはり活気があるし業績向上にもつながっているという。

 自燃型の次に新サービスを導入し始めるのが「可燃型」の企業だ。通信事業者やシステム・インテグレータの提案を受けながら,徐々に新サービスを取り入れる。

 最後に,新サービスの導入には保守的な「難燃型」の企業もいる。前述のNTTドコモ元幹部によれば,現在携帯電話の法人市場は自燃型企業は一握りだけ。可燃型が2番目で難燃型が最も多い。つまり,かなり末広がりのピラミッド構造になっているわけだ。

 こと携帯電話の業務利用に関しては,こうしたピラミッド構造になるのも無理はない。携帯電話を会社の業務ツールとして導入しようとすると,悩ましい問題が少なくないからだ。最大の問題は,投資対効果が把握しづらいこと。

 どの企業も今,何とか通信コストを削減しようと内線電話にIP電話やIPセントレックスを導入,あるいは検討をしている。こうした内線電話システムとは別に携帯電話も導入するとなれば,そのための新たな投資が必要になってしまう。そのために携帯電話を大量に導入することをためらう企業が多かったと考えられる。

 そこで登場したのが携帯電話機を内線電話機として使えるサービス,モバイル・セントレックスである。IP電話と同様に,固定型のボタン電話機を使う従来の内線電話網を置き換えるものだ。しかも社内外の電話連絡がすべて端末1台で済むという付加価値もある。外出機会が多い営業部員やフィールド・エンジニアとの連絡手段に携帯電話を利用していたり,地方拠点を多数抱える企業などでは特に魅力的なサービスだろう。

社員同士の通話でも携帯ばかり使う

 ここで「モバイル・セントレックスを採用する企業イコール自燃型企業だ」などと単純に結論付けるつもりはない。だが,このサービスの導入をすでに決断したり検討を始めた複数の企業に話を聞くと,いずれも「携帯電話を上手く活用すれば,業務スタイルががらりと変わるんだ」という明確なポリシーを持って取り組んでいることが分かる。取材を進める間にそうした企業のIT担当者と何人か知り合ったが,頭の中は他にも様々なアイデアで溢れている印象を受けた。こうしたユーザー企業は,やはり自燃型という表現がぴったりだと思う。

 自燃型のユーザー企業には,社員のコミュニケーション形態が急速に変わりつつあるという共通した認識もある。オフィスにいる社員同士の連絡でも机の前にある内線電話機を使わず,すぐに相手を捕まえられる携帯電話を使うケースが増えているというのだ。実際,社員のほとんどに携帯電話を貸与していたある自動車ディーラーは「全社の年間通信費用のうち,社員同士でかける携帯電話の通話料が5割近くを占めている」と漏らす。

 日々取材をしていても,似たような体験には事欠かない。取材先では,広報担当者が取材に対応してくれる社員を携帯電話で呼び出すシーンにたびたび出会う。こうした企業にとってモバイル・セントレックスは,携帯電話同士の内線通話が定額または無料になる点で,通信コストの削減効果を見込める。

 社員の業務スタイルは好むと好まざるとにかかわらず,着実に携帯電話を使う方向に進んでいる。従来の固定電話機を使った内線電話システムにこだわっているだけでは,ビジネス・スタイルの変革どころか通信コストの削減すらままならない――。そうした時代が来るのもそう遠い話ではない。自燃型の企業とは,要はこうしたエンドユーザーのコミュニケーション形態の変化に合わせて,新しい通信サービスを柔軟に取り入れられる企業なのだろう。

 余談になるが,前述のNTTドコモ元幹部によれば,ある企業が自燃型かどうかの見分け方が一つある。「先進的な考えを持つIT担当の役員と,彼の下で腕を振るうIT担当部門長が,がっちりタッグを組んでいること」というものだ。これからもこうした企業を積極的に取材して,モバイル・セントレックスの最新状況をお伝えしていきたい。

(高槻 芳=日経コミュニケーション)