業績好調な企業には共通の行動特性がある。それは「徹底と継続」だ。取り入れた経営手法やIT(情報技術)基盤が同じであっても,この行動特性を備えているかどうかで引き出せる成果は大きく異なる。

 たとえ当たり前と思えるようなことでも全社員が一丸となり長く続けることによって,いつしか他社にはまねのできない強みに変わるのである。

 4期連続最高益を更新したキヤノンは,今を代表する強い会社の1社。日経情報ストラテジー7月号の特集で,絶好調の理由を取材したところ,やはり複数の取材先と同じ行動特性が見られた。現場の社員が,日々「カイゼン」を積み重ねていることが,高い収益力の大きな原動力となっている。

カイゼンを業務に埋め込む

 生産現場は,その確固たるあかしである。工場のスペースや作業員の動作,物流や運搬,生産設備に見られる無駄を徹底的に排除してきた。

 複写機をはじめとする映像事務機を生産する茨城県稲敷郡にある阿見事業所(工場)には,「1秒の視点」というスローガンが掲げられる。工場の作業員たちは,まさに1秒の無駄も許さず,ひたすら作業効率を追求しているのだ。

 なぜ,キヤノンの社員たちはカイゼンを続けられるのか。それは,日常業務としてカイゼンを埋め込む仕組みがあるからにほかならない。

 「月1改善」や「週1改善」,そして毎朝の「改善タイム」。さらに,「映事サミット」や「革新阿見」「品質朝市」など,カイゼンを実践する場を挙げれば枚挙にいとまがない。阿見工場では,工場長や部長,課長が,頻繁に現場を訪れて課題を指摘,カイゼンを促している。

 生産現場における無駄を徹底的に取り除いていった結果,人件費や設備費が抑えられ,昨年度は550億円のコストを削減した。注目すべきは,コスト削減額が5年前に比べて5割以上増えていること。5年間の累計では2000億円を超える。

 業務改革を実施した直後は大きな効果を出しても次第に尻すぼみになるケースは少なくない。キヤノンが年月を重ねてもなお削減規模を拡大できるのは,カイゼンが現場で定着しているからだ。

「トヨタを超えろ!」

 カイゼンがここまで現場に根付くきっかけとなったのは,1996年から始めた全社経営革新「グローバル優良企業グループ構想」である。その一環として,工場では生産プロセスを抜本的に改革する「生産革新」を実施してきた。

 生産革新は,コンサルタントから学んだ「トヨタ生産方式」をヒントに進められている。阿見工場は99年に,生産方式をベルトコンベア方式から,1人の作業員が多くの工程を担当するセル生産に全面的に切り替えた。作業員の努力によって生産効率が大きく変わるセル生産が,「ムダ取り」の素地となっている。

 カイゼンを継続させるには,「月1改善」や「週1改善」といった仕組み作りも大事だが,一方で,やる気を引き出す「ヒト作り」も欠かせない。社員自らが「改善しよう」と思うようでなければ,並みの会社にしかなり得ない。

 キヤノンの生産革新は,ヒト作りにも重点が置かれている。だからこそ,カイゼンが現場に根付いている。人材育成を目的とした全社的な研修や制度ももちろんのこと,ヒト作りに向けて現場のトップたちも知恵を絞る。

 阿見工場の石井裕士工場長は,カイゼンの「見える化」に取り組んだ。生産効率がどれだけ上がったかを作業員自身が見えるようにするために,時間の使い方を変えたのである。作業の終了予定時刻より早くその日の目標生産台数を作り終えたら,余った時間は,さらに効率を高めるためのカイゼン活動に使うようにした。

 どうして,これでカイゼンの成果が見えるようになるのか。作業員は毎回,目標生産台数に到達した時刻を実績として記録する。つまり,前回の記録と比較すれば,どれだけ作業の効率が上がったかが分かるわけだ。

 新しく考えた部品の配置方法に変えてみたところ,昨日より1分早く目標台数をクリアーできた。このように,カイゼンの成果が数値としてはっきり見えることで,「もっと短時間で作れるようにしよう」と,作業員は意欲がわいてくる。

 2005年度の目標だった税引き前利益4000億円も2年前倒しで達成。2004年12月期も5期連続で最高益更新を見込む。目下,絶好調と言えるキヤノンだが,現場の社員はカイゼンの手を休めそうにない。

 「同じことをやっているようでも,何十年も続けている企業はさらに徹底度合いが違う」。カイゼンが根付いてきたとはいえ,石井工場長は気を引き締める。トヨタのごとく,カイゼンをさらに徹底,継続させることができれば,キヤノンの優位性はさらに揺るぎないものとなるだろう。

(相馬 隆宏=日経情報ストラテジー)