100人中94人――。「部下の今後」に不安を抱くシステム部長の数である。日経コンピュータが2004年4月,ユーザー企業のシステム部長100人にアンケート調査したところ,こうした結果が出た。システム部長の多くが,企画力やプロジェクトマネジメント力がなかなか部下に身に付かないことを憂いている。製品技術に関する知識不足を心配するシステム部長も少なくなかった。

 このアンケート結果からも分かるように,ユーザー企業のシステム部門において,人材育成は大きな問題になっている。これはITベンダーでも同じだろう。ITベンダーの部長からも「部下がなかなか育たない」という声をよく聞く。

 少なくない数のシステム部門は,部下のスキルを強化するため,さまざまな手を打っている。例えば,ヤマト運輸は今年から,システム部門と利用部門との人事交流制度を実施している。異動期間は1年間の“期間限定”という点が面白い。

 キヤノン販売のように,開発標準の確立やナレッジ・システムを通じて,部門のスキル/ノウハウを共有しようと努力している企業も多い。カシオ計算機や損害保険ジャパンは,システム担当者の教育・研修制度の強化にも力を注いでいる。

 各社の取り組みについてはここでは書かない。詳細は日経コンピュータ5月17日号の特集記事「検証 システム部門~強くなれない7つの理由」を是非一読していただきたい。

 この記事では,「部下の育成」に関する記者の私見を書いてみる。記者には部下がいないので,偉そうなことは一切言えないが,少しだけ私見にお付き合い願いたい。

後輩の指導は気分がめいることも

 最近,記者は部下の育成に悩む部長さんたちの気持ちが少しだけ分かってきた。このところ「記事を書くのは当然。筆頭記者なんだから,後輩をきちんと指導しろ」と,上司からこう厳しく言われる機会が目立って増えてきたからだ。IT Pro読者の皆さんが「中堅なんだから,後輩の面倒を見ろ」と言われるのとまったく同じだ。

 後輩の指導を真面目にしようとすると,結構手間がかかる。ときには厳しいことを言わざるを得ず,気分もめいる。「自分の仕事で手一杯なのに,後輩のアドバイスどころではない」と愚痴の一つもこぼしたくなる。

 システム部門やITベンダーに限った話ではないが,部下の育成はマネジャ・クラスのミッションである。日経コンピュータ編集部なら編集長や副編集長の仕事だ。「平記者の自分は関係ない」と居直って,逃げることもできる(実際にそういう記者が皆無というわけではない)。

 それでも記者は,ここ1年ほど「できることがあれば,なるべく後輩を手助けしよう」と意識して仕事をしてきたつもりだ(周囲がどう思っているかは知らないが)。記者が「後輩への助言・アドバイス」という宿題にもがいた結果,少しだけ“見えてきた”ことがあるので紹介させていただく。

後輩とは自然体で付き合う

 昨春のことだったと思う。後輩の指導に関する上司のプレッシャがきつくなってきたころのことだ。

 小心者の記者は上司からの宿題をこなすのにきゅうきゅうとしていた。一方でイライラも募った。そんな時,何十人もの部下を抱えるあるシステム部長に取材がてら,この話を打ち明けてみた。

 この部長さんには,さらりとかわされた。「何かを教えようなどと考えなければいいんじゃないの」とあっさりしたものだった。でも,続けて「君も発展途上の身なんだから,構えないで(後輩の)良き相談相手として“自然体”で付き合えばいいんだよ」と言ってくださったことで,ずいぶん気が楽になった。

 自然体――いい言葉だ。そこで「相談にのる」「教える」なんて難しいことは一切考えないと決めた。“同じ仕事をする仲間”として,そして,“さまざまな意見を交換できる同士”として,後輩とは付き合おうと決めた。そして,「機会があったら,後輩に自分の体験談を話そう」と心に誓った。

 当たり前かもしれないが,後輩と付き合う上で大事なのは,腹を割って話せる関係を築けるかだろう。昔の自分を振り返ると,お先真っ暗,不安だらけだった。「取材が甘い」「うまい文章が書けない」といつも悩んでいた(今もそうだが・・・)。

 閉塞状況に陥ったとき,本音をぶつけられる先輩がいるといないのでは,かなり違う。記者は幸いにして,気軽に話ができる先輩がいて心強かった。

 議論もしたし,ケンカもした。なかなか先輩に認めてもらえず,モチベーションが下がったこともあった。こうした経験があったからこそ,記者として何とか仕事ができていると感謝している。あのときの感動を忘れず,自分も,後輩にとって良き相談相手になれればいいと,昨春以降,気持ちを切り替えた。そして実践してきたつもりだ。

過去の体験を伝えるだけで十分ではないか

 最近も後輩とこんなやり取りをした。深夜原稿を執筆していたときのことだ。同じく深夜まで残っていた後輩がこんなことを言ってきた。「この記事は自信があったのだけれど,あまり読者の受けがよくなかったんですよねぇ。なんでですかね」。この後輩とは普段あまり話さないで,相談を持ちかけられたときはちょっとうれしかった。ある意味で愚痴をこぼしてくれるほど,後輩が心を開いてくれたと感じたからだ(後輩の本音は知らないが)。

 記者はこう返答した。「その気持ちはよ~く分かる。オレは今も昔も,オマエと同じような悩みを抱えているよ」。さらに「以前,オレも渾身の力を込めて書いた記事が読まれず,もう本気で仕事を投げ出したくなったことがあった。それとは反対に,比較的楽な気持ちで書いた記事の反響が大きくて,自分の努力と期待する結果のギャップに『なぜだろう』と悩んだことがたくさんあるよ」と。

 後輩にはこんなことも言った。「『なぜ読まれないのか』を反省するのはよいが,投げやりになるとオレの二の舞になってしまうよ。腐っていた期間はマイナスなだけで,仕事に良いことはまったくなかった。オレみたいにならないように,とにかくたくさん記事を書いたほうがいいと思うんだけど」。

 後輩が納得したかどうかは定かでない。だが,表情はいくぶん晴れやかになったように思う(本人には未確認)。

 後輩とのやり取りは,自分の“ため”にもなった。後輩にエールを送りながら,実は自分を鼓舞していたからだ。後輩にエラソウなことを言った手前,「自分がへこたれてはいけない」と気が引き締まった。

背中を見せるしかない

 どうすれば後輩に相談されるような存在になれるのか。後輩に助言しようと息巻いても,頼りにされなければ一人相撲で終わってしまう。正直言って記者は,「後輩に頼りにされる先輩」になりたい。「あの先輩はダメ人間」と思われるのは悲しい。

 そう思って最近は,初心に戻って“汗をかく”ことにしている。後輩に負けないよう,取材量を増やしている。1ページの記事を書くときでも,時間の許す限り取材して,できるだけ多くの情報と多面的な分析結果を詰め込もうとしている。

 「後輩を育てるには背中を見せるしかない」。格好をつけていると思われるかもしれないが,最近,こう思えて仕方がない。「手を抜かない」姿勢を貫くことが,自分のためにも後輩のためにも良いことだと確信している。

 人間は弱い存在だ。放っておくと,記者などすぐ低きに流れてしまう。記者歴が長くなるにしたがって,「なんとかうまく手を抜こう」と思ってしまいがちだ。実際,「このテーマならば過去の取材ノートをひっくり返せば書ける」と感じることがないわけではない。
 
 この“誘惑”は恐ろしい。やはり記者は現場に出てナンボ。極論すると,靴底を減らさない記者は,記者ではないからだ。

 そこで記者はここ1年,新人時代に負けないぐらい猪突猛進に取材するよう心がけている。ありがたいことに,そんな姿を見てくれている後輩もいる。先日も酒席で「僕も戸川さんに負けないぐらい取材します」と挑戦状をたたきつけられた。「まだまだお前なんかに負けないぞ」と反論しつつも,最近涙腺がゆるくなってきた記者はジーンときた。

 多分,記者は後輩を育てているつもりで,自分が育ててもらっているのだろう。もしIT Pro読者のなかで「後輩の指導なんて面倒」と思っている方がいらっしゃたら,「指導しよう」などと深く考えずに,等身大の自分を後輩に見せてあげてほしい。「一緒にいい仕事をしよう」とのマインドを共有できれば,その後輩は必ず育つ。そして自分も一緒に伸びていく。

 エラソウなことを記したが,お許し願いたい。

(戸川 尚樹=日経コンピュータ)