ナレッジ・マネジメント[用語解説] がブームともいえる盛り上がりを見せてから,すでに2~3年が経つ。このサイトをご覧になっている方々のなかにも,ナレッジ・マネジメント関連の情報システムに携わったという人が少なくないだろう。例えば,業務日報を電子化して,現場で得た「気づき」情報を蓄積するといった情報システムだ。

 その当時,手がけたシステムはいま,どのように運用されているだろうか。当初の思惑通りの効果が出ていると胸を張れる方は,意外に少ないのではなかろうか。

ナレッジ・マネジメントはITのテーマではない?

 「結局,ナレッジ・マネジメントはITで取り組むようなテーマじゃなかったね」――。ナレッジ・マネジメントに取り組みながら効果を見いだせなかった企業では,こんな考え方が共通認識になっているように思える。確かに,いくら立派な情報システムを作ろうとも,社員が現場で得たナレッジを入力してくれなければ宝の持ち腐れだ。さらに,積極的に「気づき」情報などを蓄積してくれたとしても,他の社員が活用できなければ何の価値も生まれてはこない。

 こうした問題に対する解決策が,知の「見える化」である。

 この「見える化」という言葉は,様々な業界から注目を浴びるトヨタ生産方式で重要な役割を果たす概念だ(関連記事)。トヨタ生産方式は,業務にかかわる人や物,さらには情報の動きを一目で把握できる体制を築いて,問題点を改善し続けていく業務改善手法である。

 ナレッジ・マネジメントでも,情報システムを通して,現場の社員が得た知識やノウハウの「見える化」が実現できれば,経営効率が大幅に向上することは間違いない。現場の社員が業務上の問題を抱えたときに,解決策が含まれる文書や,ノウハウを持った社員を見つけられるからだ。

 ナレッジ・マネジメントの先進企業は,今まさに,知の「見える化」に取り組んでいるところだ。日経情報ストラテジー6月号(4月24日発売)の特集で,こんな企業の事例を紹介した。そのなかから,興味深い取り組みを2つ紹介しよう。

社内の業務コミュニティでナレッジ共有

 1つ目が,東京三菱銀行の取り組みである。同社は1996年に,ロータス ノーツで情報共有システムを構築。本部の部署単位で文書データベースを設定し,情報共有を進めてきた。情報を積極的に発信しようという風土があったため,文書の蓄積は進んだものの,再利用が困難になるという弊害が生まれた。文書データベースの数が約1200,文書数は合計で約7万という膨大な情報量になったため,何がどこに格納されているのかが分かりにくくなってしまったのだ。これでは,現場の社員に情報活用を期待するのは無理な相談だ。

 そこで,同社はシステムの再構築を決断。新システムでは,ナレッジの「見える化」を促進するため,いくつかの工夫を盛り込んだ。

 1つ目が,文書データベースの分類を,本部の部署ではなく,現場の視点で再構成したこと。新システムの「ライブラリ」と呼ぶ文書データベースでは,2つの軸で文書を分類している。具体的には,業務(または商品)という分類と,現場の業務プロセスの分類の2つを組み合わせた。

 業務プロセスは,「学習する」「提案する」「事務手続き」「事後処理」「一般情報」といった具合に,顧客に対するアクションを念頭において設定。現場の社員が何らかの問題を抱えた際には,該当する業務(または商品)と,自分が置かれた業務プロセスに分類された文書だけを見ればよいのである。

 もう1つの工夫が,業務上で密にノウハウを交換するコミュニティ作りを目指したこと。「法人顧客向け業務」「個人顧客向け業務」といったように,地域や部署に依存するのではなく,業務上のテーマに基づく社内コミュニティ単位で電子会議室を設置したのである。どのコミュニティへ参加するのかは,社員自らが選択できる。

 さらに,新しいノウハウの流通を促進させるための工夫もある。自分が参加するコミュニティに新規の投稿があった際には,電子メールで通知する仕組みを付けたのだ。これによって,自分の業務で役立つ情報を見逃すことが防げる。

知が活用状況を追跡可能に

 もう1つの事例が,独自のナレッジ管理手法をシステム化した大林組の取り組みである。同社が開発した手法は,どんな業務でどんな情報を活用したかを追跡する仕組みだ(関連記事)。

 一般に,システムに蓄積したナレッジを活用して業務上の課題を解決した社員がいても,そのノウハウは社員の頭のなかに埋もれてしまい,ほかの社員には見えない。こうした問題に対して,大林組は情報の「関係履歴」という独自の概念を導入。ジャストシステムと共同で,この概念を取り入れたナレッジ・マネジメント・システム「TRI-KM」を開発し,運用中だ。

 このシステムの大きな特徴は,蓄積した情報の間で「使った」「使われた」という関係を管理すること。例えば,建設案件の文書を開くと,そこで使われた建設装置の技術文書にたどりつける。さらに,建設装置の文書から,そこで使われている要素技術の文書を追跡できる。逆に,要素技術の文書から,その要素技術を使った建設装置の文書,さらには,その建設装置を活用した建設案件までたどりつける。

 こうした関係履歴を管理することによって,建設現場における予期せぬトラブルを防ぐことができる。同じ要素技術が含まれる技術を採用した建設現場で,過去にどのようなトラブルが起こったのか,どんな解決策があるのかといったことが事前に把握できるようになるからだ。過去のノウハウの「見える化」が実現できるのである。

(吉川 和宏=日経情報ストラテジー)